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「ええ、バッガス。あなたから見たら、私は裏切り者ですね」
「こんなことしたって、おまえなんかっ」
言いながら、バッガスが視線を斜め上方に向けた時だった。
「無駄です。そこには誰も居ませんよ」
それを制するかのようにリヒャルトが冷徹な声を出し、銃声が響いた。
「ぐわっ」
バッガスの手から銃が吹き飛ばされ、床を滑る。
「バッガス! 大丈夫か!」
エルネストはその元に駆け寄ろうとした。
「動かないでください、エルネスト! 私はゴダール青年団でも一、二を争う銃の名手でした」
「……っ」
バッガスに、そして自分に容赦なく向けられた銃口に、エルネストは歯を食い縛る。昨夜の幸福そうな笑顔が過り、胸を抉られるような痛みを感じた。
「エルネストッ、おまえのそれで、早く殺っちまってくれっ!」
バッガスが火炎放射器を顎で指し示す。だが、エルネストはリヒャルトの銃口に真正面に向き直った。
「聞かせてくれ、リヒャルト。おまえの真の目的はなんだ。すべてはそれからだ」
「何言ってんだ、エルネスト!」
「エルネスト、そのバッガスの銃をよくご覧なさい」
リヒャルトが床に転がっている銃に視線を向ける。
「くそっ、エルネスト、あいつに騙されるな!」
右腕を庇いながら、バッガスが悪態を吐く。
「銃が一体何だって言うんだ!」
「リヒャルト! 捕まえたよ!」
その時、大声を上げて倉庫に入ってきたのは、ロイだった。
「あんたが言った通りの場所に、銃を持って隠れてた!」
しかもその腕に羽交い締めにされているのは、白髪が乱れ、縁なし眼鏡がずれたドクターシラギだった。
「ロイに、アジトに居るはずのドクターシラギまで、一体、どういうことだ……!?」
「まだおわかりになりませんか、エルネスト」
リヒャルトは銃口をバッガスに向け直した。
「彼らが持っていたのはゴダール軍の銃です。これが何を意味しているのか?」
銃を向けたまま、リヒャルトは歩き出した。
「ドクターシラギがこの倉庫に隠れていたのはなぜか? 彼らがこのゴダールの銃で撃とうとしたのは誰か?」
そして、居竦むバッガスの目の前に立った。
「エルネスト、あなたですよ。ゴダールの流れ弾に当たったことにでもするつもりだったのでしょう」
「……っ」
銃を突きつけたまま、リヒャルトはバッガスに吐き捨てるように言う。
「この男は最初から、麻薬を処分する気などさらさらなかった!」
「……!」
「ここであなたを亡き者にし、麻薬を横流しするつもりだったのです!」
「まさか……」
エルネストはバッガスを見る。しかし彼の反論を期待したのに、バッガスは歯がゆそうに口を引き結んだだけだった。
「けれどひとりで横流しするには量が多すぎる。あまりに流せばそれなりの組織に目を付けられる可能性もある。そこで手を組んだのが、ドクターシラギです。彼の薬物中毒患者を通じて、ツテを探り、売りさばく気だったのでしょう」
ドクターシラギはロイの腕の中で項垂れた。
「どうして私の自宅を探ったのが、私が『太陽の国』に入ってしばらく経ったあのタイミングだったのか。組織を想い、疑うのなら、最初にすべきだった。そう、あなたたちの行動が私を確信に導いてくれた」
バッガスの額にピタリと銃口が当てられた。
「なぜなら、私が彼らふたりの身辺を探り始めたからです」
「…………っ」
エルネストは喉の渇きを覚え、無理やり唾液を嚥下した。
「嘘だ……。嘘だと、言ってくれ……バッガス!」
エルネストは懇願するように、声を絞り出した。バッガスとの思い出の日々が蘇る。
無邪気に遊び回った子供の頃の平和な日々。
怒りと哀しみをともに乗り越えた政変の日々。
『太陽の国』を組織し、熱い想いを語り合った日々。
倉庫内の静寂とは裏腹に、外からは爆破音が絶え間なく聞こえている。するとバッガスは観念したかのように深い息を吐いたあと、ニヤリと口角を上げた。
「エルネスト、おまえもよく考えろよ。これを売りさばくだけでいいんだ。そうすりゃ太陽の国どころか、一生遊んで暮らせる天国がつくれるんだぜ。な、いい考えだろ?」
リヒャルトが嫌悪の眼差しで撃鉄を引いた。
「撃つな」
エルネストは一声で制し、バッガスに近づいた。胸倉を掴み上げる。拳を握った。
「……っ」
衝動を抑えるため、唇を噛み締めた。その口端から、つっと一筋の血が伝う。バッガスはそんなエルネストを怯えた目で見上げている。
「……行け」
言って、バッガスをその手から放った。
「!?」
バッガスとリヒャルトがエルネストを驚愕の視線で見やる。
「もう一度言わせる気か! 行けっ! そして二度と、俺の前に姿を見せるなっ!!」
エルネストが叫ぶと、バッガス、そしてロイの腕から解放されたドクターシラギが、尻もちを着きながら、ほうほうの体で倉庫を駆け出していく。
ふたりの姿が消えると、エルネストは口元を拭い、声を張り上げた。
「第三部隊、計画を進めるぞ! 倉庫内の麻薬をひとつ残らず、すべて焼き払え!」
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