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第8話

急須とポットを持って卜部さんが戻り、私の湯飲みにもお茶を注いでくれた。 「実は」と卜部さんが先程とは打って変わって真剣な表情(かお)で口を開いた。 「先程のかつとし君の話なのですが…」 「あぁ、はい。」 「一度、移設前の場所に行ってみようかと思っていまして。」 「記憶の場所にという事ですか?」 「えぇ、すでに神社などはダムの底ですが、その土地の記憶と言いますか、何かそういうモノによって新しく思い出す事もあるのではないかと。」 いかがですか?と問われ、頷く。 「実は私にはこの記憶自体に現実味が全くないのです。両親にも聞いてはみたのですがそのような神社には行った覚えもないと言われ、こちらに来てこれらの写真を見るまでは私の空想の出来事だったのではないかとさえ思っていた位でした。写真を見た今でもその場所が本当にあるという事が実のところまだ不思議なのですよ。ですのでよろしければご一緒させていただきたいです。」 「こちらこそお願いします。それで、そこから少し離れた所に以前そこに住まわれていた方達が数人いらっしゃるらしいのです。ですので、もしかしたらそちらでかつとし君の事を聞けるのではないかと。」 「分かりました。それでいつ頃?」 「実は、少々雑務がこの先ありまして、まとまった休みが取れるのがここ一週間程しかないのですよ。」 「私の方はいくらでも自由のきく身。たとえ今日これからでも大丈夫ですよ。」 「でしたら、このままここにお泊りになっていただけますか?」 「え?」 卜部さんの申し出に、さすがに驚いた。 「移設前の神社の地は少々場所が悪く、行くとなると一日がかりになるんです。そこで状況を見てから話をとなると、多分3、4泊にはなると思うのです。私の予定と鑑みると、明日には出発したいなと。」 思いもかけない長旅に一瞬躊躇するが、それでも自分の記憶を旅するという何とも言えない現実離れしたこの状況を断るという気持ちに、私にはなれなかった。 「分かりました。申し訳ないのですが、衣類などを買いそろえたいのですが?」 「それならこちらに諸々ありますので、一緒に準備をしませんか?」 「ある?」 「予備に色々と買い込んであるんです。私と柴野さんはそんなに体系も変わらないようですし、たぶん。」 「そうですか?それではお言葉に甘えさせていただきます。」 そう言うとまるで少年のように胸躍らせながら、卜部さんと旅行の準備を始めた。

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