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第9話
「今夜はこちらでお休みください。それでは明朝。」
そう言って卜部さんが客間の襖を閉めた。
「久しぶりだな。」
古い家特有の天井を見ながら、少し足元がスースーする感覚に横を向いて、足を閉じる。
卜部さんがどうぞと風呂に入る直前に出してくれた寝巻きとしての着物。
「朝にはパンイチかもな…」
私は寝相がなかなかに豪快らしく、旅館でもこの手の寝巻きは、起きると私とはあらぬ方に丸まって転がっているのが常だった。
「卜部さんに起こされる前に起きるしかないか。」
常夜灯の灯の中、頭の上に手を伸ばしてスマホを掴むとタイマーをセットして、今度は枕の横に置いて目を閉じた。
シ…ンとした部屋。
耳が痛くなるほどの静けさに、それでもなんとか眠ろうと何度も寝返りを打つ。
浅い眠りと覚醒を繰り返しながら段々と深い眠りへと入っていく瞬間、
「約束をこの指に。其方の身代わりの命の時間、尽きるその前に果たせ!」
バッと目を開ける。
全身から汗が滴り、体が震え出した。
バタバタと廊下を走る音がしたかと思うと、スパンと襖が勢いよく開く。
「どうされたんですか?」
言いながら飛び込むように入ってくる卜部さんを見て、
「卜部さんこそどうされたんですか?」
卜部さんはそう尋ねる私を見ながら電気のスイッチをつけると、
「こちらから悲鳴というか絶叫が聞こえたんです。」
言われてみると喉に違和感がある。
「それは申し訳ありませんでした。」
軽く頭を下げた。
「それはいいのですが…汗、すごいですけれど、何があったのですか?」
汗は大丈夫なのですが、と先ほどの声の話を卜部さんにした。
これだけの汗を滴らせておいて大丈夫と言われても、と苦笑いしていた卜部さんが、私の話を聞いて顔色が変わった。
「ちょっと待って下さい!」
「はい?」
「いや、それって芝野さんの身代わりに三人目のかつとし君はあの記憶の中にいて、彼が死ぬ前に芝野さんにあの中に戻れと言っているという事…ですよね?」
卜部さんが一気に捲し立てる。
「だという事かと。」
「なんでそんな冷静でいられる…っ!てないから汗をかいたり震えが来てるんですよね…すいません、私の方が冷静にならないといけないようです。」
そう言って卜部さんが私の横に座った。
「大丈夫です。大丈夫なんですが、どうにも震えが止まらなくて…困りました。」
私が卜部さんに笑顔を向けるが、その笑顔を見た卜部さんを見て、うまく笑えていないことがわかる。
「そんな…無理矢理笑わないで下さい!」
卜部さんが下を向き、悔しそうな声をあげた。
「卜部さん…申し訳ない。」
謝る私にハッとするように顔をあげると、私の膝に頭を擦りつけ、
「私こそ、あなたになんて事を!…申し訳ありません.」
その触れる髪がこそばゆく、自分の下半身にここ何年も感じることのなかった感覚を感じ、身を捩った。
「どうかされましたか?」
そんな私の行動に卜部さんが敏感に気付き、心配そうに聞いてくる。
まさかあなたの髪の刺激で勃ちそうなんですなんて言えるはずもなく、大丈夫ですと答えるが、一度反応し出した下半身の熱は少しずつ昔の記憶を取り戻すかのように着物の中で盛り上がりを作っていく。
「あっと、少し寒くなって来たので、かけ布団いいですか?」
「あぁ、どうぞ…え?芝野さん、そんなに寒いんですか?」
もう秋口とはいえ、まだ夏の名残のじめっとした湿度は残り、確かにかけ布団をかけると少し汗ばむくらいではあった。
しかし、緊急的にその中に隠れたい私は、卜部さんの下に引かれてしまったかけ布団を取り返さなければならず、うんうんと頷いた。
「汗で寒いのもあるんじゃないですか?」
卜部さんが心配そうに私に近付く。
その手がわたしの膝に触れ、何年も感じていなかった他人の熱を薄い布一枚隔て感じ取った私の体が、びくんと跳ねた。
気付かぬ内に呼吸は荒くなり、止まっていた汗が今度はその熱によって額に浮かび上がっていく。
「芝野さん、大丈夫ですか?」
そう言って私の両肩を掴む卜部さんの胸に体を預けるように頭をつけた。
「し…芝野さん⁈」
卜部さんの焦る声を遠くに聞きながら、無性に眠くてたまらなくなる。こんな体の状況で寝てしまったら、卜部さんにバレてしまうと頭は警鐘を鳴らすが、瞼は開かず、ドクンドクンという自分の鼓動にまるで母の中にいるような心地良さを感じ、深い闇の中に引っ張られるようにその意識を閉じた。
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