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第10話

次の日、スマホのアラームで起こされた私は、珍しく着物を身に纏ったままでいた。 ほっと息を吐き、しかし昨夜の状況を思い出して、顔から汗が噴き出た。 あんな状況だった私がこうやって布団で寝ているという事は、卜部さんの手を煩わせたという事に他ならない。 申し訳なさと、あの体の状況を見られたのではないかという焦りで、バクバクと心臓が鼓動を早くする。 「起きていますか?」 突然に廊下から声をかけられ、 「ぅわっ!」 と、驚きのあまり素っ頓狂な声が出た。 するすると襖が開き、ふふふと卜部さんが笑いながら部屋に入ってくる。 「今朝の声も可愛くていらっしゃる…」 そう言って、何かを言いたそうな笑みを浮かべたがすぐにまだ呆然としている私の手を取ると、こちらで着替えをと次の間に案内してくれた。 私が着替えている間にささっと布団などを片付け、こちらに来ると私の着替えまで手伝ってくれた。 片手に昨夜私が着た着物を持ち、もう片方の手で再び私の手を取り、すでに美味しそうな匂いが廊下にまで溢れている居間に案内された。 ザ・朝食といった献立が並んだテーブルの前に私を座らせると、ちょっと待っていて下さいねと卜部さんは洗濯物を持って席を立った。 卜部さんのいなくなった居間で、今まで卜部さんと繋いでいた手を見る…いや、おかしいだろう? 昨夜だって風呂や寝室に卜部さんがついて来てくれたが、手なんぞ一度も握りはしなかったし、握ろうという兆候すらなかった。 そう考えると、口調もどことなく変わった気がする。 大体、 「今朝の声も可愛くていらっしゃる」 とは何だ?私のあんな変な声を可愛いと言ったうえに今朝も? さっき以前に卜部さんの前であんな声を出した覚えはない筈…。 「何かおかしい。」 「何がおかしいんですか?」 二人分のご飯のよそってある茶碗を乗せたお盆を手に、卜部さんが襖を開けて入って来た。 「どうぞ。」 私とテーブルを挟んで座った卜部さんから茶碗を両手で受け取る。 その時に卜部さんの手が私に触れるが、卜部さんはそのまま手を離さず微笑む。 私はどう反応したらいいのか分からず、仕方なく同じように微笑んだ。 それに満足したようにようやく卜部さんの手が離れ、朝食をとる。 「何かおかしい事でもありましたか?」 「あ、いや別に。」 「そうですか?」 頷いて目の前のご飯に集中する。 胃が満足し、出されたほうじ茶を啜っていると、 「今から約1時間ほどで出発ですが…大丈夫ですか?」 何か含んだものを感じたが、特に支障はなさそうなので、はいと答える。 昨日のうちに二人で作った荷物はすでに玄関先に置いてある。お金は駅のATMで下ろす予定だし、切符はすでに予約してある。 「それじゃあ、静かに待っていて下さいね。」 子供に言い聞かすように私の頭をふわっと撫でると、食器を片付けたお盆を持って、部屋を出て行った。 瞬間、顔が真っ赤になり汗がまたも吹き出す。 今のはなんだ? 卜部さんが触れていった髪にそっと触れた。 あんな優しい触られ方、いつぶり、いや生まれて初めてかもしれない。 卜部さんに何があったんだ? ドキドキと心臓が高鳴り、頬が熱を持っているのが分かる。 このままでは昨夜の二の舞になってしまうと、なんとか心と体を落ち着かせる為に深呼吸を繰り返した。

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