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第11話
「じゃあ、そろそろ行きましょうか?タクシーも来たようですし。」
襖を開けて卜部さんが入ってくる。
何かいつもとは違うその感じに一瞬何だろうと不思議に思ったが、それが服装のせいだという事に気が付いた。
「着物ではないんですね?」
「あぁ、やはり動きとかを考えると、今回は洋服の方がいいかと思いまして…変ですか?」
「いいえ、よくお似合いですよ。」
そう言うと良かったと笑顔で答え、またも手を差し出された。
一瞬躊躇するが、先ほどまで掴んでいたものを今更掴まないというのもなんだかおかしいような気がして手を出した。しかし、卜部さんは手を握るだけではなく、私の腰に手を回してぐっと立たせると、体を密着させたまま玄関まで歩く。
さすがにこれはおかしすぎるだろう?
たしかに昨夜の久々の感覚の為か、腰に鈍い痛みというか疲れを感じてはいるので、こうやって支えていただけるのは確かにありがたいのだが…この密着具合ではむしろ卜部さんの熱を感じてしまい、
再び昨夜のような状況になってしまいそうになる。
少し離れてもらいたいとは思うものの、それを言うのも何だか憚られ、玄関で靴を履く卜部さんを何とは無しに見ていると、履かせて差し上げましょうか?と足を持ち上げられそうになった。
しかしそのような事を考えていた為か、無意識に体をよじった事でバランスを崩した私を卜部さんが間一髪でその胸に抱き止めてくれた。
「可愛い事をされる。」
ふふふと卜部さんが笑いながら、私に囁いた。
可愛い事?
訳もわからずいる内に、卜部さんにキツく抱きしめられた。
「こんな事をされなくても言って下されば、いくらでもシて差し上げますよ。ただ、今は時間もありませんので、楽しみは夜に…お分かりいただけますよね?」
笑顔の奥に有無を言わさぬ迫力を感じ、それに押されるように訳もわからず頷いていた。
それに応えるように卜部さんも何かを含むような笑顔で頷くと、私の髪に口付けてから、結局は私に靴を履かせてくれた。
タクシーで駅まで行き電車に乗ったが、先ほどの卜部さんの言動が心と頭を占め、途中までの事はあまり覚えていない。
昼を駅弁で済ませた頃になるとようやく少し落ち着き、窓の外を流れる景色を楽しむ余裕も出てきた。
いくつかの乗り換えの後、ついに最後の電車に乗る頃には、秋に向けて早い時間にその身を隠し始めた日が、今日も消える前の最後の煌めきで窓の外を照らしていた。
卜部さんが電車の揺れでコクリコクリとし始める。
「少し、寝ますか?」
「よろしいですか?」
「えぇ、着いたら起こしますので、どうぞ。」
それじゃあと言うと、私の肩に頭をもたれかけさせた。
え?と思う間もなく、肩からすーすーと気持ちよさそうな寝息が聞こえ出した。
四人掛けのボックス席に二人だけで座り、車内にもまばらにしか人はいない。
誰も見ていない事に何となくほっとはしたものの、卜部さんの行動にまたも私の心と頭は占められていった。
これは本当にまずいのではないか?
昨夜、あの意識のなくなった後で、私と卜部さんとの間に何かあったのは間違いないのだろう。
しかし困った事に、まったく何も覚えていない。
卜部さんの言動から推察するに、考えたくはないが、浅からぬ関係というか、そのようなコトをした、或いはされたということなんだろうが…。
自分の考えに頭を抱えたくなるが、あまり動くと卜部さんを起こしてしまうので、大きなため息をついて心を落ち着ける。
だが、と肩から聞こえる寝息の主の事を考える。
卜部さんが意識のない相手にそのような事をする人とは到底思えない。
それに、もしもそのような状況でそのような事がなされたならば、私にあのような親密な態度は取らず、寧ろ分からぬようにそれまでと同じか、或いはよそよそしい態度を取るのではないか?
これではまるで、恋人のような…。
思い浮かんだ言葉に頬が上気するのを感じた。
ずくんと腰が疼く。
無意識に腹に手が伸びた。
いや、むしろこの疼きは体の内からくるものか?
自分の考えにぐっと目を瞑る。
そんなわけがない、そんな無体な事をするような人ではない…だが、この体内に残る感覚。
頭がおかしくなりそうだ。
「約束を果たせ!その時は近い。」
ふっと昨夜の声が聞こえた。
「え?」
頭を振って周囲を見渡すが、先程とは何も変わらない電車内の風景が広がっている。
車内放送から流れ出した駅名を読み上げる声で、そこが私達の目的地であることに気が付いた。
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