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第17話

結局私は朝食には手をつけず、お腹を空かせた卜部さんがその全てを平らげた。 部屋に戻ると、卜部さんがロビーにタクシーの手配を頼み、私達は身支度を整え、貴重品などを小さなバッグに入れた身軽な格好で部屋を出た。 すでに玄関先に待機しているタクシーに乗り込むと、行き先を伝えられている運転手が車を走らせた。 彼の地のダムは出来た頃にはそれなりに人も来たが、今ではそういう人もまばらになったと運転手から話を聞いた。 車窓からの景色をぼんやりと眺めながら、旅館の部屋での事を思い出していた。身支度を整えながら卜部さんに彼は何者なのでしょうかと尋ねたが、はっきりしないからと答えてはくれなかった。しかし神主である卜部さんが彼が出てきてから明らかに彼に対する言葉遣いやその態度が変わったところを見ると、神かそれに準ずる何かではないかと推察していた。 そしてもう一つ不思議な事…卜部さんの私への態度だ。 あれだけ手を握ったり、腰に手を回したりとしていた卜部さんが、今朝からは一切触れて来ない。 彼が出てきた事で、それどころでは無くなったのかとも思うが、納得のいく答えとは言えず、ちょこちょことその顔を盗み見る。 卜部さんは卜部さんで何かをずっと考え込み、時たまため息をついたり、悲しそうな顔をしたりと、なんだか忙しそうだ。 そんな黙ったままの二人にタクシーの運転手は、軽い街案内をしてくれていた。 上の空で聞きつつも、時たまほうとかへえとかの受け答えをする。 「あれがこの辺りの地の主と言われている神さんなんですよ。着流しであまりそれっぽくないんですけどね。」 「着流し」 その言葉に反応して、看板に描かれた絵を見る。 彼とは似ても似つかぬ白髭を蓄えた初老の男性。しかしその着ている着物は見覚えのあるそれだった。 卜部さんもじっとその看板を見つめる。 「どうしてあの着物で描かれているのですか?」 尋ねた私に運転手は 「昔からよく人間の生活するその側まで降りて来られるような、人好きの神さんらしくて、かなりの目撃者というか会ったという人間がいるんですよ。その姿形 の目撃証言は幼い子供から老人まで様々なんですが、なぜか着物の色や柄となると全員が一致しているってわけで、それであの着物が描かれ始めたらしいですよ。」 そう言うと、実は明け方近くに私も見たんですよ、この着流しをと低い声で話し出した。 「え?」 「ああいう絵があちらこちらにあるから、やっぱりあの着物を覚えちゃってるもんでね。今朝方、この辺を流してたら、あのダムの方に向かってスーッと…だけど怖いとかなくてね。なんだか守ってくれてんだなって思うから不思議ですよね。」 「不思議な経験をされましたね…私達にも姿を表してくれたら、嬉しいのですが…ね。」 そう言って目を合わせる卜部さんに、彼のことを考えると今朝のコトをついつい思い出してしまい、体が火照りそうになってしまう私の心の内がバレぬように気を付けながら、そうですねと答えた。

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