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第18話

「もし良ければ帰りも。」 そう言って運転手から名刺をもらったものの、どうなるのかわからないので、曖昧な返事をしてダムの入り口付近で車から降りる。 「ここからは少し山野を歩くようですね…」 「あの、卜部さん?」 「はい?」 「私達はどこへ?」 卜部さんがカバンの中からどこかのパンフレットを取り出した。 「あの運転手さんの言っていたこの地の主が、神社の沈んでいるこのダムから少々離れた所に新しく祠というか洞窟というか…そのような所にまぁ、分かりやすく言うとお引っ越しをして頂いて、祀られているという事なので、そちらに行ってみようかと。」 そう言って卜部さんがパンフレットを指し示した。そこには確かに祠と書いてあり、誰かの書いた丸で囲まれていた。 「そういう事なら、卜部さんにお任せします。」 「それでは早速行きましょう!」 そう言うと、卜部さんはズンズンと大股、早足で歩いて行く。 私は昨夜の疲れとだるさの残る腰を抱えながら、小走りにしなければ連いて行くことができず、危うく何度か置いてけぼりをくうところだった。 やはり神主という職業柄、神と呼ばれているものに会えるかもしれぬとなれば、このようにもなるのだろうな…と、卜部さんの背中を追いかけながら思う。 「はて?」 聞き覚えのある声に、立ち止まりその声の主を探すが見つけられず、卜部さんの後を再び追う。 「それだけかのう?」 またも聞こえる声に、今度は立ち止まらずに頭だけ振って、その主を探す。 ふと自分が一言も喋っていない事に気が付いた。 心が…っ?! 「読めるぞ!」 瞬間私の足下の影がぐにゃりと動くと、昨夜の彼ー今はこの地の主と知った彼がスーッと私の前に浮かび上がった。 「っ!!!」 声を出す(いとま)も与えず、我の手がかつとしの口をしっかりと塞ぎ、その意識を放つ。力の抜けた体を抱き抱えるとそのまま我の寝床へと運ぶ。 薄暗い洞窟の中、すでに生き絶えたかつとしの体を運び入れると、敷かれた布の上にそっと置いた。その横に我の体も横たえる。冷たくなった抜け殻のようなそれの頭の下に我の腕を置いて、我の体に寄せると、その体を抱きしめて目を閉じた。 わざとこの姿を見せておいたので、社のがこの場所に駆け込んでくるのにそう時間は必要としなかった…まあ、人間界では3日程だそうだが…。 我の腕枕で横たわる、屍と分かるかつとしを見ても社のに動揺というものはまったくなかった。 「此奴も可哀想に…お主はすでに記憶の全てを手にしているようだな?」 「私は私の後悔と反省を取り戻す為だけにここにいます。貴方様も約束をお果たし下さい。」 我と対峙するその目には一寸の揺らぎもない。騙され、この場所に連れて来られ、挙げ句の果てにはこのような姿になった我が腕の中の愛しい者を見つめる。 しかしこれが我の望んだ事…あの日に交わした約束を思い出す。 「それで、どうする?」 「…約定違わず、我ここに参じた。その者と彼の者の引き換えを…芝野さん、申し訳ない…ここに切望す!」 一応すまぬという感情はあるのか…それでもなおという社のの想いの強さが我に流れてくる。致し方無し。かつとしの頭の下の手を抜くと、半身を起こす。 「…古から約定は絶対のもの。我との間に交わした約定により、お主に返そう…そしてもう二度とお主達の元へは、生きる者の世界へは帰れぬこの者を我が物に…全ての約定は成立した。全てを忘れ、現世に戻り、その一瞬の命を煌めかせるが良い!」 手を振ると、社のと我の小箱で飼っていた、この愛しい者と同じ名を持った者がさーっと砂煙のように消えた。

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