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第19話
「さて、もう戻っているのだろう?その目を開けよ。」
かつとしの瞼がスーッと開き、その身を起こす。
「私は一体?」
「其方は我と社のとの約定の為、この地に連れて来られたのよ。二人はとっくに現世、生きる者達の世界に戻った。」
「…そうですか。」
「其方はどうする?」
「え?」
「我は其方とも約束をした。それを覚えているか?」
首を振ろうとして、それをやめると頷いた。
「貴方に嘘は通じなかったでしたね…。」
「そうだな。」
かつとしの目に涙が浮かんでいく。
「ならば何故、私にそのような事を聞くのですかっ?!そんな約束は何も覚えていない、私をあの人の元に返してくれと言えば返してくれるのですか?…こんな風に私を試さないで下さい…っ。」
目から涙がこぼれ落ち、敷かれた布にシミを作っていく。
「すまぬ。どうか泣かないでくれ。」
嫌がるかつとしを無理矢理抱きしめた。
我の胸に顔を埋めたまま、
「…おかしいとは感じていました。卜部さんがここのパンフレットを見せてくれた時、この近くにかつとし君を知るかもしれない住人が住んでいると言っていましたが、そのような人の住めるような場所はなかった。そして私への相反する態度。こちらへ来るまでの腰に手を回すような恋人にでもするかのような態度は前日のコトを踏まえての私を逃さぬ為の手管。そして今朝からのよそよそしい態度は私が逃げられぬという確信により、その必要がなくなったから。こんな風にはっきりとではないけれど、何かがおかしいと私は感じていた。しかしそれを見ないふりをして、考える事を拒否して、この地まで彼に連いて来たのです。」
そう言って顔を上げる。
「私はっ!…いいえ、私が一番わかっています。私がかつとし君の身代わりだったと。」
「思い出したのか?」
「まだ全てでは…しかしあの日、三人で迷い込んだ夏祭り。あれの直前に私と卜部さん達は出会い、何かの事で他の二人が喧嘩をしてしまった。二人は幼馴染でとても仲が良く、私は羨ましかった。
夏祭りの最後に貴方がこの中から私を選ぶと言って手を掴もうとしたのを、卜部さんがこっちの子は家に帰らなきゃダメだから、この子で我慢しててと貴方の手を三人目のかつとし君と握らせた。」
「あれには驚いたわ。しかしどんな状況でも一度掴んでしまった手は離せぬ決まり。」
あの時の事を思い出して苦笑する。
「それで、約束。私に戻ってくるようにと約束をさせ、私と彼を交換しようとしたのですね?」
「まあ、2、3日で戻ってくると思っていたからな。しかし、この場所の景色が大分変わり、我の状況にも変化が訪れ、それでも其方は戻っては来なかった。」
「全ては夢の中の出来事かと…。貴方との約束も思い出したのは…その事は貴方も良く知っているはず。」
かつとしの体が熱くなる。
「あぁ、其方よりもあの日の事は知っているぞ。何しろ其方に久しぶりに会えた夜だったしのう…それなのにあのような痴態を見せつけられ、どれだけ口惜しかったことか。」
「それは貴方の媚薬のっ!」
「思い出したのか?あの夜を…」
「いいえ、思い出していません。ただ、覚えている私の体の状況で…あぁもう、話を脱線させないで下さい!」
プイッと横を向く。
ふふふと笑いが漏れる我をじろっと可愛く睨むと、私はと続けた。
「私はあの時、卜部さんが彼ではなく私を選んでくれた事に喜びを感じていました。幼馴染の彼ではなく私の手を取ってくれた事にただ嬉しくて…でも私では卜部さんの横に立つ事はできませんでした。あの一夜のことを覚えていれば、私は貴方の手を振り払ってでも卜部さんの元へ戻ろうとするでしょうか?いいえ、きっとしません。できません。だって、あの人の傍にはもうあの人の愛を受け入れる器があるのですから。身代わりの器に出る幕など、最早どこにも…ない…」
かつとしの体から力が抜け、スースーと寝息を立てている。
その閉じた目から一筋の雫が流れる。
それを舌で舐め取ると、静かに布の上に横たえた。
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