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第26話

次に目覚めると、我の頭の側に叩き割られた張り型が投げ捨ててあった。 ふふふと笑いが漏れる。このような事をやったところで、我の手にかかればこのような物、一瞬で作れてしまうものを…。 嫌がらせには嫌がらせをもって返すのが我のやりよう…。 さて、我も身支度を整えようか。 立ち上がり、洞窟の入り口へ向かうと、かつとしがどこぞからか戻ってくるのが見えた。と、そっと木の影に隠れ様子を見る。 何やら少し俯き、足取りも重いような…昨夜のコトでか? 洞窟の入り口で立ち止まり、一歩足が退く。深呼吸をして顔を上げ、何事もなかったように中に入って行った。 やはりおかしい。 暫くすると、洞窟内から 「ぬーしーさーまーーーーーーーーっ!!」 我を大声で呼ぶ声がする。隠れたままでいると、洞窟からその両手に抱えるようにして山のようにいくつもの張り型を持って顔を出したかつとしが辺りををキョロキョロと見渡す。 「こんなにいっぱい…ああもうっ!!」 真っ赤な顔でそれらを見下ろす。 「我慢せずとも、全てかつとしのモノ。例のところに隠しておけば良いではないか。」 我が不意に木影から出て、かつとしの横を通り過ぎようとする。 一瞬、我を見て何かを言いたそうに口が動く。しかしそれを飲み込み、 「いりません!主様が捨てて下さい!!」 そう言うと、我の手にそれらを押しつけて、洞窟の中に駆け込んで行った。 我を見つめるかつとしの目に涙が浮かんでいたような? かつとしに押し付けられたそれらを入り口近くに落とすと、我もかつとしの後を追って中へ入る。 我らの居住場所を通り過ぎてもかつとしの姿は見えない、 しばらく歩いたかなり闇深いところで、ようやくかつとしを見つけた。 「かつとし?」 「主様っ!?」 バッと振り向くと、かつとしが我から逃げ去るように再び我の横を通り過ぎようとする。その腕を掴むと我の胸に抱き寄せた。 「なにをっ?!」 「愛しい者が目の前にいるのだぞ?抱きしめとうなるであろう?」 「私はそんな事ばかり考えているわけではありませんので、分かりません。もうよろしいでしょう?お離し下さい。」 我の胸を腕で押すと、出来た隙から逃げられてしまった。 「おかしいのう?」 我の顔を見ず、走り去ろうとする背に声をかける。 ビクンと反応して足が止まった。 しかしそれも一瞬、すぐにまた歩き出す。 ならば、一芝居… 「ほう?なるほどのう…」 何かを分かったような声をあげた。かつとしが観念したように顔を天井に上げ、足を止めて振り向く。 「主様…そう、見知らぬあの方に言われなくても分かっています。私はもう若くありませんし、外見も年老いたこの姿。それでも主様に愛され、昨夜のような仕置きにさえ嬉しいと感じる位、私だって主様をお慕いしております。しかし、主様があのようなお若い方をお好きなら、私にその出番はなく、かと言ってもう人の世に戻る事すらもできず…許していただけるなら、私はここで隠れて暮らそうかと…思ってい…ます…」 静かにかつとしがその目から涙をこぼす。 カマをかけてみたら、これはまたなんとも危うい大事よ。 近付き、指で涙を拭う。 「主様っ!?申し訳ありません!」 そう言うと我からまたも走り去ろうとする。その腕を掴み、再び我の胸に抱き寄せる。 「主様、離して…気持ちが揺らいでしまいます…」 「かつとしを我が手離す事はない。永久(とこしえ)にだ…何があった?」 「私の心を読まれたのでは?!」 「カマをかけてみただけよ。読むは容易いが、我はかつとしに話して欲しい。何があった?」 「僕ですよ。僕が彼に目障りだと、お前とでは釣り合わぬと教えを解いて差し上げたんです。」 知った声と共に狼のような青年が姿を表した。 やはりこやつか…ならばあやつも…いるな。 はぁとため息が出る。 青年がかつとしに近付き吠えた。 「身の程を知れと言ったはずだ!さっさと退け!」 かつとしの肩を引っ張るやつの腕を叩き落とす。 「かつとしに触れるな!おい、さっさとこいつを連れて帰れ!!」 洞窟の壁際でニヤニヤとした笑いを浮かべた、猫のような青年が足音も無く我らの元に近付く。 「だからやめようって私は言いましたよ?」 我に言い訳しながらかつとしを睨みつける青年のそばに行き、戻ろうとその腰を抱く。 「楓はうるさい!僕はここにいる!」 その手を払い、我に近付くと背の方より我を抱きしめる。 「邪魔だ!!!」 我の気で、やつの体を飛ばす。 「楓、連れ帰れ!!」 ギロッと睨むと背筋を伸ばすが、にやけた笑いはそのままで飄々としている姿に、心がざわつく。 「さぁ、祖神様を怒らせぬうちに戻りましょう?桂。」 「祖神殿は僕のものだ!!楓も手伝え!!」 呆然としているかつとしに襲い掛かろうとするのを、我の気で弾き飛ばす。 「桂、我はお前達を可愛い息子や甥程度にしか思うておらん。我が愛しているのはかつとしだけ。 分かったら帰れ!」 「漢字読みもしていない者を愛されているだの永久の者だのと言われましても…おっと、これは口が滑った。」 楓が痛いところを突く。 「僕はきちんと桂って漢字読みされてる…やっぱり祖神様は僕の方を想ってる…平仮名読みのお前じゃなくな!!」 桂が再びかつとしの肩に手をかけようとするのを、気で飛ばす。 「楓、桂を捕まえておけ。我はこれからかつとしと大事な話をする。お前の思い通りになるは癪だが、例え与えられたものだとしても機会は機会。これも我らの運命なのであろう。 特別に我らが儀式、証明人(あかしびと)として見ていたければそれを許す。さすればその全てを其方らに見せてやろう。」 「ならば、これよりの参考に見させていただきます。桂の事は私にお任せを。」 そう言うとすっと桂の後ろに音もなく回り込み、その四肢を羽交い絞めにすると我の着物の帯を渡す。 それをするすると桂の四肢に巻き付け、最後に何事かを喚いている口に持っていた布をかませるとパンパンと手をはたいた。 最初(はな)からすればよいものを、自分の利にならぬ限りは動かぬところが楓の個性か。 はぁとため息をつきながら、かつとしに向き直る。 「ひらがな…よみ?」 「はぁ。まったく楓はいらん事を言うものよ。本当はもう少し先に、かつとしの気持ちがもう少し落ち着いてからと思っていたのだが、致し方あるまい。」 「主様?」 一度、大きく呼吸をする。 「かつとし、我は今かつとしを平仮名で呼んでおる。これはまだ準備中と言ったところか。我がかつとしを漢字のそれで呼んだ瞬間から、我とかつとしの縁が深くなり、特にこの関係の我らは、別離能わず。もしも別れた時にはそれはかつとしの消滅を意味する事となる。 その代わり、我と共にいる限りは人としての寿命を離れ、その命は続く。永久に我と共にいられるという事だな。これは、我にとっても、かつとし、そなたにとっても大事。よくよく考えて答えよと言いたきところなれど、儀式が始まってしまっている状態になっておってな…」 「どういう事ですか?」 「先夜、仕置きとしてかつとしと契りを存分に結んでしまった後に、この話をしてしまった事で、すでに婚姻の儀式が始まってしまっているのよ。」 「婚姻⁈」 かつとしの目が丸くなり、顔が一気に真っ赤になる。 それを知っていて、かつとしの前でこの事を話すのだから楓はほんに質が悪い。 まぁ、あの者の気持ちもわからぬではないが…と、その横で転がされている桂を見る。 大変なものに愛されたものよのう。 少々哀れにも思うが、まぁ、この二人ならうまくいくであろうとほくそ笑む。 「寧ろ主様こそ本当に私でよいのですか?このような年恰好の私で、よろしいのですか?あの方達のようなお若くて、見目の良い方達の方がよろしいのではないのですか?」 「我にとっては外見はただの器にしかすぎぬ…だがな、かつとしはどこの誰よりも我にはかわいく見えておるぞ。」 「お戯れを…」 頬をほんのり染め、目を伏せて我から顔を少し背けた。 ぞくっと背中に冷たいものが走った。 何とも、色気のあるものよ。早うこの手でその花を咲かせたいもの。 考えるだけで、我のがぴくんと反応しだす。 それをなだめながら宣言の言の葉を述べる。 「かつとし、其方を我の永久(とこしえ)の者として、ここに婚姻の議を締結するが、良いか?」 「私に異などあるはずもなく。私の心、本心は先日主様にお見せした通り。あれに違わず、主様をお慕いしております。」 「なれば、我とかつとしの婚姻をここに締結し、その生命の火を我の火に付け替える。我の永久の者として、これより其方を克敏と呼ぶ。これ、天に刻印されたし。」 さっと一陣の風が我と克敏の周りを吹くと天に昇って行った

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