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第31話
なんとか克敏の身を落ち着かせられたのは、日がそろそろ落ちかけようかと言う頃。
意識のなくなった克敏の体を再度隅々まで確認し、ほっとため息をつく。
克敏の体に布を掛けると、昨日の我らの儀式を思い出す。
確かに楓の言葉により急であったとはいえ、手順は疎かにしておらず刻印までは滞りなく済んだ。
あの時、我らを祝福するように吹いた風を思い出す。
そう、あれで天への刻印も済んだはず。
その後の契りの儀式でも、我を克敏の奥深くに刻印した。
何度考えても、この状況を説明する答えがない。
「分からぬ…」
克敏の顏に触れ、その手を握る。
ようやく掴んだこの手を、我のモノとなった克敏を絶対に離さぬ。離しはせぬ。
「天に向かい、直接聞くか…いや、それでは克敏の体がもたぬ。」
天に向かえば一瞬なれど、この場との時間の概念が違いすぎる。
人間界よりは天に近いこの場なれど。やはりそれでも戻るまでには数年、いや下手したら何十年経ていたという事にならぬとも限らない。
魂魄を再び抜く事も考えたが、克敏の肉体を我のおらぬ間、守り続ける者が必要となる。
桂と楓の顔が浮かぶが、あの者達では何かあった時に守り切れぬ。
何度も頭の中で繰り返した記憶をまたも思い返す。
どんなに隅々にまで焦点を合わせても、その答えを導き出すようなものはやはり見当たらない。
「何が?何がいけなかったのか?」
考えても何も答えが出ず、道に迷い込んだ幼子のように不安で堪らなくなる。
それに、克敏の魂魄の抜けていた期間を鑑みても、と考える。
あれだけの期間すでに克敏には我の濃い糧を与え続けて来た。そうなれば、このようにたった一日で身が透き通るものかと。
「やはり、何か見落としが…」
再びその記憶の中に入り込もうとした時、克敏の声が聞こえた。
「主様…」
その顔が青ざめ、震えている。
「寒かったか?」
しかし、ここに寒暖の差はないはず。
克敏も我の言葉に首を振る。
「いいえ…怖ろしい夢を見ました。主様が私とは異なる私と手をつなぎ、私から離れていくのです。私がいくら叫んでも主様はそれを私だと思い込み、私でないモノになってしまった私を見ようとも私の声を聞こうともしてくれません。悲しみと絶望の中、私は涙でこの身を濡らし、私ではない私と愛し合う主様を見ながら、その魂が消滅していくという夢…それがあまりにもリアルで…」
夢は心の鏡。あるいは予兆。あるいは警告…
されど今は…
「克敏、我が克敏を間違うはずがなかろう?我を信じよ。」
抱きしめ、その背を静かに擦る。
「それにな、克敏。いくらその身を我の愛しい者に変えたとしても、我の舌や腕であのようには悦べぬと思うぞ。」
「主様っ!!」
顔と体を真っ赤にして立ち上がろうとした克敏の体がぐらっと揺れた。
「主…さ…ま…」
その一言を残し、バサッと我の体の上に肉体のみの克敏が横たわった。
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