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第34話
「そう言えば、祖神様とお方様の出会いとはどのようなものだったのですか?」
落ち着きを取り戻した我に、気を紛らわせようと思ったのか楓が尋ねてきた。
「克敏がまだ幼少の頃に、この地にあった社があのダムのせいで移設されることになってな。その最後の夏祭りの時に、迷い込んできたのよ。」
ふと、あの時の克敏を見たくなった。
「鏡に映してやろう。」
集中して鏡にあの時の記憶を映した。
そこにダムの底に沈んでいる懐かしい社と、我と手をつないで歩く子供達の姿が映る。
「3人の子供?」
「その内に社の主の子がいてな。普通ならばあの場はそれだけが入れる神域なれど、それと同じ名だったが為に域内に克敏が入って来られたのよ。まあ、そのおかげで我は克敏に出会えたのだがな。」
楽しくはしゃぐ子らの姿が流れ、しばらくするとその時の場面が流れた。
祭りの最後、我がこの者を我のモノにと宣言して取ったはずの克敏の手を、社のが箱の中の者の手にすり替えた、
「あっ!」
桂と楓が声を出す。
そして我の顏を憐れむように見た。
「まったくなぁ。社の子が何もせなんだらと、今でも苦々しく思うわ。」
「あの箱の中の方はこのような理由でここにいらしたのですね?」
楓がおかわいそうにと首を振る。
「返すに返せず、ほんにかわいそうな事をした。」
そして、帰り際の約束の場面が流れる。
「これも、まさかこのように長きにわたる約束になるとはな…」
「それでも、ようやく約束が果たされたのですね…本当に良かった。」
楓が微笑んだ。
それを見て、あの約束の果たされた時の事を思い返す…が、その記憶がない事に気が付いた。
「そうだ…な…」
我の時が止まる。
頭の中のどこを探しても、その記憶がない。
二人を交換する約定を果たしたという記憶がどこにもない。
桂と楓が黙ったままの我を不思議そうに見つめていたが、段々と青ざめる我を見て、二人もそわそわし始めた。
待て、あの時の事をもう一度思い出せ!
鏡に集中してあの時の記憶を映し出す。
「身代わりの器に出る幕など、最早どこにも…ない…」
克敏が我に涙ながらに訴える姿が映し出され、最後には糧を与える為に我の手によって寝息を立てる場面が流れると、集中を切った。
「祖神様…これでは約束が…」
「どういう事だ?」
桂が青ざめる楓に尋ねる。
「この記憶を見る限り、祖神様とお方様の間で約束が果たされていないんだよ。」
「それじゃあ、お方様は…え?」
「約束を破られた形になっている…という事だよ。」
楓がはっと何かに気が付くと更に青ざめて我に顔を向ける。
「祖神様、罰は?約束破りの際の罰は?」
「消滅…魂と、肉体の消滅…」
二人の息をのむ声が聞こえる。
「期限はいつまでに?」
「箱の中の者が寿命を閉じてから一年。」
「それはどちらの時間で?」
「我は決めておらん。」
「ならば、まだ間に合うのでは?」
「しかし、お方様はどこにいるんだよ?」
「狭間であろう?」
我の言葉にそうかと二人も頷く。
「どのようにされますか?」
「連れ戻す…が、まずは箱の中の者を連れてこなければなるまい。」
「それなら私達が…行くよ、桂。」
そう言って、楓が桂の手を取り洞窟内から走り去って行った。
「すべては我の落ち度…克敏、すまぬ。」
敷き布の上で寝かされている克敏を抱き上げ、その体をきつく抱きしめた。
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