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第2話 落日

悪魔は永遠の命を授けられている。 呆れるほどの長い時間は、どう費やそうと文句は言われない。 ただし、人間に恋をした場合はそうもいかない。 時間に限りのある人間とは息が止まり肉が朽ち果てるまでしか共にはいられない。 少女の様に見える少年も悪魔の身からみたら一時の現象。 心奪われた現象に手を伸ばさずにはいられない。 悲しい結末だとしても衝動は止められない。 ―――――――――――――――――― 「抗わないんでしょ。こっち向いてよ。」 長い金糸が華やかに揺れ窓から入る月明りが白く体を照らしている。 アタシに組み敷かれてる君は相変わらず顔を背けたまま。 別にこれが初めてでもないんだけど毎回この態度。 逆に萌えるわぁ。悪魔的に。 いじめてるんじゃなくって一緒に気持ちよくなりたいだけなんだけど。 「ねぇ。キスしよ。」 優しく言っても眼を閉じたまま。 アタシはもう十分我慢しててつらいのに今日も相変わらず頑なだわ。 この子自身も固く張りつめているのにホント我慢強い。 まあ、どうすれば素直になるのかは知っているけど。 君から求めて欲しいのよね。ああ、でももうダメ。 「もう終わりよ。」 口を開かせ息が出来なくなるほど舌絡ませる。 限界まで腰を進めると碧い瞳が開きやっとアタシを見てくれた。 上気した頬は赤く息は荒くなっている。 「離せ。」 「あは。やっと声が聞けた。」 押しのけて逃れようとする君を強く深く抱きしめる。 諦念の溜息が漏れた。 「セーレ。」 名前を呼ばれてうれしくなる。 白い手が首に絡まり、小さな声が耳にはいった。 「もっと動いて。いっぱいに・・・。」 可愛くなるのに時間がかかる子ってホントいいわ。 終わった途端にガッチリ服を着られるのは傷つくわぁ。 「・・・何故今日ここにいる。聞いていない。」 さっきまでしてたことが無になっているような言葉も傷つくわぁ。 「今日はこれから大変なことが起きるからよ。だから迎えにきたの。」 今日はこの子の飼い主の豚が襲撃される予定。 まあ、この子を餌に私の力をフル活用して結構な数の政敵殺したからね。 表向きは白だけど、怪しまれて当然。だって豚の対立者だけが不自然に死んでいくんだもの。 豚が悪魔と繋がっているっていう噂を流したのはもちろんアタシ。 人間が悪魔を手なずけようなんておこがましいのよ。 豚は死んでもらうけど、この子は私がもらうわ。 急に屋敷内が騒がしくなった。 窓から外を見ると無数の松明が屋敷を取り囲んでいる。 襲撃者がここに辿りつくのにそんなに時間はかからないだろう。 窓の外を見る白いドレス姿の少年はどこかの国のお姫様のよう。 アタシは姫を助けに来た王子のごとく手を差し出した。 こんな場面で助けられたら好きになるしかないわね。 めんどくさい豚とはお別れ、この子はアタシを好きになる一石二鳥ってこのことよね。 「死にたくないでしょ。アタシと一緒に逃げようね。」 「ここで死ぬ。どこ行っても同じ。悪魔も嫌い。」 うーわーここで拒絶されるのはすっごい傷つくわぁ。 でも死んでもらうのは困る。アタシが楽しくないから。 扉の向こうから激しい足音が聞こえて来たと思ったら勢いよく扉が開かれた。 室内に複数の武装した兵士がなだれ込む。 「ブルーサファイア・ミカエル!悪魔の依り代よ不浄の者として成敗する!」 「そこの男!お前は誰だあ!」 うるさいので分かりやすい醜い悪魔に変身して部屋が揺れるほどの大音量で吠えたら皆逃げて行った。 かかって来いよ。覚悟がないならやめちまえ兵士なんて。 誰もいなくなった部屋で耳を塞ぐ少年の手を取る。 「もうこの土地にはいられないね。遠くに連れてってあげる。」 「どこ行っても同じ。」 「そんなことないわよ。いいことあるかもよ。」 「……。」 返事がないのは同意してるととらえてアタシは続ける。 「君が思っている以上にアタシは優しい悪魔なのよ。信じて。ところでホントの名前教えて。」 (豚のつけた名前なんて呼びたくないしね。) 「ジュール・ブリネ。」 素直に答えてくれたのがうれしくて抱き上げた。 幸せすぎて目が眩みそう。 「ジュールね。世界で一番幸せにしてあげるわ。」 「いらない。」 うーわーすっごい傷つくわぁ。 でも大丈夫。アタシは優しい悪魔だからきっとジュールもアタシの事が好きになるわ。 今思えばこの時悪魔らしく魔界へ連れてくべきだった。 そうとういかれていたとしか言いようがない。 『優しい悪魔』に一番拘っていたのはこのアタシ。

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