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第九章 再生
薄明るい照明の下、丈士はオンザロックのウイスキーを飲み干した。
軽やかなジャズのピアノが流れる中、グラスの中を見つめる。
考えるのは、この残った氷を口に含むかどうか、などではなく、七瀬のことだった。
あれから、丈士の身辺は激変した。
まず、石川が消えた。
他所へ移った、という意味ではなく、この世からいなくなっている。
携帯に登録していた、彼のアドレス。
財布に入れておいた、彼の名刺。
彼から預かっていた、ハーブの種子。
全て、忽然と無くなってしまった。
石川の痕跡は、もうどこにもなかった。
(石川さんがいなければ、俺がハーブを作ることも無かった。だから、彼は消えたんだ)
そう、丈士は考えた。
次に、三嶋。
彼は今、同じゼミの小森(こもり)と付き合っている。
いつから付き合ってるのかと訊けば、2ヶ月前からだ、との答えが返ってきた。
丈士と三嶋がセフレの関係を持ったのも、ちょうどその頃からだ。
彼との履歴も、書き換えられている。
(三嶋が俺と付き合っていなければ、七瀬は毒を盛られることも無かった。だから、これでいいんだ)
そう、丈士は考えた。
これで、いいんだ。
だが、心にぽっかり空いた穴は、塞ぎようが無かった。
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