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第九章・2

「マスター。おかわり」 「相良さん、そろそろおやめになった方が」  丈士は、赤く濁った目をしていた。  心配そうな顔で覗き込むのは、恐ろしい異形の姿を見せた悪魔・マノスではなく、いつもの穏やかなマスターだ。  その正体の尻尾も出さずに、澄ましてバーを続けている。  その正体を知りながら、バーへ通う丈士の拠り所はただ一つ。 (ここに来れば、また七瀬に会えるかもしれない)  七瀬に会いたい一心で、丈士は毎日バー通いを続けていた。 「相良さん、そんなに七瀬に会いたいですか?」  突然マスターが核心をついて来て、丈士は首を跳ね上げた。 「いるのか? 七瀬が!?」  マスターの見る方へ目を向けると、小柄な少年がうつむき加減に座っていた。 「な、七瀬?」  かすれた声の丈士に、マスターは釘を刺した。 「お忘れなく。七瀬は、もうあなたのことを覚えてはいません」  そうだった。  七瀬を生き返らせる条件が、それだった。  一度下を向きかけた丈士だったが、途中で踏みとどまり、ゆっくりと顔を上げた。

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