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貢サイド-6-
目を開けると眩しかった。
何時なのか分からなかったが、窓から差し込む光からしてだいぶ日が高いようだ。
時計を見るため、身体を起こすと頭が重かった。
ベッドから出ようと立ち上がる。
刹那。
目の前が真っ白になり、一気に血の気が下がる。
壁にもたれるようにその場に倒れ込む……はずだった。
何かが俺を支えていた。
身体に巻きついた温かいもの。
それは力強い人間の腕だった。
「先輩大丈夫ですか!」
こいつは……誰だ?
腕の主は俺を抱きかかえて、ベッドへ運んだ。
「まだ横になっていた方がいいですよ」
「……」
「先輩?」
「お前……誰だ?」
「稔川光です」
「みのり…かわ……ひかる……?」
モヤがかかっていた頭が、急激にクリアーになっていく。
そうだった。
コイツは稔川光。
俺は何を寝ぼけていたのだろう。
日にちの感覚も、時間の感覚もない俺は時計を見ようと急いで身体を起こした。
「先輩急に動いちゃ駄目ですよ!」
時計を見ると既に針は午後の二時を回っていた。
俺は半日も寝ていたのか?
学校は既に五時間目が終わっている時間だ。
今から行っても間に合わない。
俺はいいが、光には悪い事をした。
「悪かったな光。学校サボらせて」
「何言ってんですか先輩」
「え?」
「今日は土曜じゃないですか。学校はないですよ」
俺は頭の中が混乱しているようだった。
今日は……土曜日。
今は二時三十五分。
コイツは稔川光。
光が家にいるのは……抱き枕の為だ。
頭の中を整理していくにつれ昨日の夜の事が思い出された。
俺は泣き、しがみ付き、『嫌いにならないでくれ』と繰り返し哀願したのだ。
何故そんな事をしたのか分からなかった。
泣いた理由すらも。
昨日の事を考えれば考えるほど光に対して気まずくなり、無意識に光から顔を背け目線を外した。
……何て言えばいいんだ?
『昨日のアレは何かの間違いなんだ』
『昨日の俺は俺であって俺でないんだ』
『睡眠不足の所為で精神がアレだったんだ』
……。
いくら考えても、良い言い訳が思いつかなかった。
恥ずかしい自分を繕うための、情けない言い訳をグルグル考える。
「先輩お腹すきませんか?」
急にそんな事を言われ、身体がビクついた。
「俺何か作りますよ」
何時もの人懐っこい笑顔で言われた。
「作るといっても、家には何も無いぞ」
「何も無いって……玉子の一個はあるでしょ?」
それが無いのだ。
確か、冷蔵庫にはビールとチーズぐらいしか入っていなかったと思う。
その事を告げると、光は軽く溜息を吐いた。
「勝手に探して、作っちゃってもいいですよね?」
言うや否やキッチンに向かって歩き出した。
扉や引き出しの開閉音が聞こえ、暫くして小さな「あっ!」という声が聞こえた。
何か発掘でも出来たのだろうか?
足音が近付いてくる。
「何とかスパゲッティを発見出来ました! けど、先輩今日までどうやって暮らしてきたんです?」
呆れ顔で言われた。
「どうって、食事は外で済ませていたし、それに……」
このところ食欲は全然無く、何を見ても美味そうだと感じる事が出来なかった。
腹は減るがただそれだけ。
食べる必要性がなかった。
「直ぐに作るから待っててください」
そう言ってまた台所に消えて行った。
水の流れる音。ガタガタと何かが置かれる音。色んな音が聞こえて来る。
この家から人の気配を感じるなんて、変な感じがした。
暫くして足音がベッドルームへ近付き、光が顔を覗かせた。
「先輩身体辛いでしょ? こっちで食べますか?」
「いや、そっちに行くよ」
「そうですか。それじゃ!」
身体が宙に浮いた。
「おい!」
「先輩に倒れられたら困りますから」
だからと言って大の男を軽く持ち上げるな。しかも姫さん抱っこで!
「暴れないでくださいね」
そんな元気あるかよ。
俺はされるがままキッチン前にあるテーブルまで運ばれ椅子に座り待っていると、スパゲッティが運ばれてきた。
やはり美味そうには見えなかったが、光が折角作ったのだ食べないわけにはいかない。
気は進まなかったがホークでパスタを絡め取り、口へ入れてみる。
……。
普通だった。
美味くはなかったが、気持ち悪くもなかった。
昨日までは固形物を入れると、気持ち悪くて吐きそうになっていたのだが……不思議だ。
俺は、淡々とパスタを口に運んだ。
部屋には、ホークが皿に当たる音だけが響く。
食べ物が口を塞いでいるのだから、沈黙は仕方ない事だが、気まずい。
コイツは昨日の俺を見てどう思ったのだろう?
厄介な奴だと思ったに違いない。
「俺、昨日の事は何とも思っていないですよ」
驚いて口の中のものを噴出しそうになった。
読心術でも心得ているのか?
「それに誰にも言わないですから安心してください」
先回りされている。
ヘラヘラと人懐っこい笑顔をしている所為で鈍そうな奴だと思っていたのだが、コイツは結構鋭い。
抱き枕を引き受けた理由にしてもそうだ。
誰かか一緒でないと眠れない事。何振り構っていられないほど切羽詰っていた事。
全て見抜かれていた。
俺は光を〝笹を食べている可愛いパンダ〟だと思っていたのだが実は〝肉食のパンダ〟だったのかもしれないな。
そんな事を考えていた時だった。
玄関の方から鍵が開けられる音がしたのは。
「ご免ください」とも「お邪魔します」ともなく、無遠慮に入ってくる人間が誰なのか姿を見なくても分かった。
予想したとおりの人間が姿を現す。
志野原晃。
俺より一回り小さい小柄な体格。俺とは違って真っ黒な髪と瞳。アイドル顔負けの少女のような顔立ちをした生き物。
一見可愛い系のマスコットのようだが、性質が悪い。
腹の黒さを顔の細工の良さで誤魔化しているような奴だ。
コイツの本性を知らない奴は、か弱い小動物だと思っているに違いない。
だが、見た目に騙されて下手に近寄るととんでもない目に合わされる。
俺も大概無茶する方だが、コイツほどじゃない。
俺は直ぐにキレる奴だが、コイツは既にキレてる。
目的の為なら手段はいとわない犯罪者一歩手前……。
いや、捕まっていないだけで既にあちら側の人間だろう。
色々言葉を並べて見だが、要するに、俺はコイツが嫌いなのだ。
「ビックリした。知らない人が居るから部屋間違えたかと思ったよ」
部屋が違っていたら鍵が開くかよ。
惚けてんじゃねーぞガキ!
「来客中だ。とっとと帰れ!」
「部屋に他人を入れるのあんなに嫌がってたのにね。女に飽きて男に走ったわけ?」
「だとしたら誰よりも先に手前を犯してやるよ」
言ってから後悔した。
コイツはこんな言葉で怯むような奴じゃないのだ。それどころか増長する厄介な生き物だった。
「へぇ、嬉しいな兄さんとだったら気持ちいいSEX出来そう。勿論兄さんが女役でだけど」
ほらな?
期待を裏切らないクソな答えを返してきやがる。
「俺とお前のウエート差を考えろ。お前に俺が押さえ込めるかよ!」
「別に無理して押さえ込む必要なんてないんじゃない? 要は身体の自由さえ奪っちゃえばいいんだから。あんたもそう思うだろ?」
急に振られて光は「はあ」とどちら付かずな返事をした。
「今は兄さんより気になる奴がいるから、いいんだけど」
世の中には不運な奴がいるな。
コイツに気に入られたら、今後の人生狂いまくりだろう。
「どんな事をしても欲しいんだよね」
嬉しそうに微笑んだ。
俺には悪魔の微笑みに見えた。
「なら、さっさとそいつの所にでも行けよ」
「そうだね」
同意したのに、何故か玄関ではなくベッドのある奥の部屋の方へ歩いて行く。
「おい!晃何処行くんだ!?」
俺の言葉を無視して部屋へ入っていく。
「おい光! あのバカ引き摺って来い。好きなだけ殴っていい。生きていればとりあえずいいから」
「そんな手荒な事出来ませんよ」
光が行き渋っていると、部屋から晃が何かを持って出てきた。
見れば携帯だった。
たが、それは俺の物ではなかった。
「番号交換しようねv」
「おい! 何しているんだ光の携帯で!」
晃は手早く番号交換を済ませて光に放り投げる。
「何慌ててんのさ兄さん。さっき言ったろ今気になっている奴が居るって。兄さんのお気に入りに手なんか出さないよ」
「ならなんで……」
晃は意味ありげに笑った。
「さて、もう行くかな。俺は志野原晃。君、名前は?」
「稔川 光です」
「光君、兄さんの事可愛がってあげてね」
可愛がるって、どういう意味だよ!
晃はヒラヒラと手を振りながら玄関へ消えて行った。
「やっと帰りやがったかあのガキ」
「弟さんなんですよね? 兄さんって呼んでいたし……」
ああ。
「似ていないって言いたいんだろ? アイツは本妻の子供。俺は妾の子共なんだよ」
「それって……」
「腹違いの兄弟って奴だ。別に珍しい話でもないだろ?」
「すみません! 余計な事話させてしまって」
申し訳無さそうな顔をして俯いた。
やっぱりコイツ可愛いな。
「大した事じゃない。気にするな」
招かざる客の乱入のお陰で、光に感じていた気まずさは何時の間にか消えていた。
「光」
「はい」
「改めて頼む。俺の抱き枕になってくれ……」
俯いていた顔を起こし、優しい笑顔で快諾してくれた。
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