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第2話 とりあえず出会いから -2
* * *
クラスメイトの顔も大体覚えた入学式から数えて三日目、ずっと不思議に思っていたことがあった。
藤堂の前の席の奴、一度も学校に来てない。
ずっと空席なのに、担任も「困ったな」くらいしか言わない。
噂によると、そいつは留年していて今年で一年生をやるのは二度目だとか…。
留年の理由は、喧嘩で全治数か月程の大怪我をして入院したとか、停学になって出席日数が足らなかったからとかいう話を小耳に挟んだ。
つまり、ちょっとヤバ気な奴らしい。
そんな奴だから、きっと「学校なんて行ってられるか」って学校に来ないんじゃねぇの? という専らの噂。
あと一ヶ月もすれば自主退学するだろう、と誰かが言っていた。
せっかく同じクラスになったのだから顔くらいは見ておきたいよな、とぼんやり思っていたその日の朝。
教室にちょっとした変化が起こった。
ガラガラガラ……。
と、やる気無く、かつ耳障りに教室の扉が開いて、扉の向こうに立っていたのは見たことの無い生徒だった。
長身に茶髪。着崩した制服と、だらしなく緩められたネクタイ。
どう見ても一年生ではありえないオーラが溢れていた。
誰かが「塚本 」と言ったのが聞こえた。
それは、オレがずっと気になっていた、一度も学校に来ないクラスメイトの名前だ。
教室中の「こいつが塚本か」という見世物パンダのような雰囲気に飲まれることなく、使い古された上履きでペタペタ音を立てながら教室に入ってきた。
塚本は教壇に近寄り、座席表を確認した後、教室を一瞥し自分の席へ直行した。
無言だった。
塚本が扉を開けてから席に付くまで、教室内は不気味に静まり返っていた。
その静寂を破ったのは、塚本自身だった。
足で乱暴に椅子を引いて、床と椅子が擦れる嫌な音が響く。ちなみに、手はポケットに入れたままだ。
どかっ、と椅子に座り、眠そうに大きな欠伸をした。
姿を現してから今までずっと、「やる気がない」以外の言葉が見つからない。
中等部からのエスカレーター組の奴らが遠巻きに構えているのが、何ともヤバい雰囲気を醸し出している。
教室中に嫌な緊張が走る中、塚本の後ろの席の藤堂の手が伸びた。
トントンと塚本の背中を叩いている。
おいおい、大丈夫か?
そんなに不用意に手を出して、噛まれないかと心配になる。
藤堂に背中を叩かれて、塚本はゆっくりとした動作で振り向いた。
眠そうな目が藤堂の顔を捉えて、驚いたように少し大きくなった。
一瞬、藤堂のあまりの美少女っぷりに驚いたのかと思ったけど、そうではないようだ。
塚本の反応に軽く頷いた藤堂が、やや呆れ気味に口を開いた。
「何で学校来なかったんだよ」
皆が聞きづらいことをサクッと聞くヤツだな、藤堂。
ちょっと感心するぞ。
「今日からだと思っていたから」
「はぁ?」
席が近くてたまたま聞こえただけの会話に、思わずオレが声を上げていた。
突然のオレの参入にも気にした風でもなく、塚本はぼんやりと天井を見上げた。
「なんか、今日のような気がしたんだよなぁ」
こっちまでダルくなるような口調で言う。
つまり、今まで登校しなかったのは故意ではなく、学校が始まる日を勘違いしていたから、らしい。
新入生じゃないから有り得ない話ではないのかもしれないけど、それにしても、三日も勘違いするとは規格外だ。
「ああ、そう言えば……」
何かを思い出したように言って、塚本は再び藤堂を見た。
「なんで、彼織 ちゃんがいるの?」
藤堂の顔を見て、本当に不思議そうに言った。
「彼織」というのは藤堂の名前。
オレ以上に女の子寄りの名前だ。
顔がこれで、名前もそれだから、やっぱり本当は女の子なんじゃないかと疑ってしまったのは藤堂には内緒だ。
話を戻すが、オレにしてみれば、どうして塚本が藤堂の名前を知っているのか方が不思議だ。
「だって同じクラスだから」
藤堂はちょっと脱力して、でも仕方無いか、くらいの感じで言った。
それを聞いた塚本は「ああー、そうなんだ」とぼんやりしたまま納得する。
「二人って知り合いだったのか?」
オレが聞くと、藤堂が頷いた。
「俺と彼織ちゃんが同じクラスって、弓月 は知ってるの?」
二人の関係について補足の説明がある前に、塚本が思い出したように口を開いた。
「知ってるよー。入学式の時、一緒にクラス確認してたから」
「ああ……そう」
藤堂が能天気に言うと、塚本の表情はあからさまに暗くなった。
誰だろう。「ユヅキ」って。
塚本の様子を見るに、何か良くない雰囲気だ。
「ちょっと、弓月のトコ行ってくる」
そう言って、塚本はのろのろと立ち上がった。
「今から? もうすぐ担任来ると思うけど」
呆れ返ったように藤堂が言うと、塚本は「あ、そうか」と呟き動きを止めた。
でもすぐに「先に弓月の所に行く」と言い残して教室を出て行ってしまった。
せっかくの初登校だというのに、滞在時間5分程度ってやる気なさすぎ。
今気づいたけど、あいつ鞄持ってなかったような・・・?
「しょうがないなぁ……」
ガシガシと頭を掻いて藤堂が溜め息を漏らす。
今の感じから、結構仲が良さそうに見えたけど、どんな関係なんだろ。
「藤堂って、塚本と仲いいんだ?」
訊くと、藤堂はちょっとびっくりしたみたいで、僅かに瞳が大きくなった。
訊いちゃいけないことだったのかな? と思っていると、直ぐに藤堂は笑い出した。
「仲? いいんだと思うよ。でも、実際にマサくんと仲がいいのは、さっき話に出ていた『弓月』ってヤツ」
マサくんって……塚本のことか?
塚本って下の名前なんて言ったっけ?
「弓月って去年マサくんと同じクラスだったんだ。オレ、今は弓月の家に世話になっているから、それでマサくんとは前から知り合いだったんだよ」
笑顔で言うけど、なんか事情がありそうな話でどこまで突っ込んで訊いていいのか迷う。
どうやら、弓月という人は先輩のようだということは分かった。
「その弓月って人、藤堂の親戚か何か?」
「いや、違うけど。ちょっと居候させてもらっている感じかな」
藤堂は少し説明し難そうにそう言ただけでそれ以上は何も言うつもりは無さそうだったので、オレもそれ以上は訊かないことにした。
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