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第3話 とりあえず出会いから -3
* * *
今日から授業は始まっているというのに、塚本は手ぶらで登校してきた。
しかも遅刻。
しかも三限目の途中から。
「塚本、カバンはどうした」
数学担当の教師が可笑しそうに言う。
怒るってカンジじゃなくて、からかうように。
「持ってこなかったみたいです」
平然と言って、塚本は席に着く。
さすがに二回目の一年生だけあって、塚本はこの数学教師は知り合いのようだ。
「まぁいいか。どうせ今日はどの教科も授業なんてしないだろうし」
先生は、注意するどころか笑いながらそう言う。
確かに、今日は入学して最初の授業ということもあって、一限目もニ限目も自己紹介とか一年間の授業の概要をやっていた。
教科書とノートなんて必要無かった。
「明日は忘れるなよ」
その言い方がなんか暖かくて、数学教師の印象は悪くなかった。
「瀬口、昼は?」
三限目が終った所で藤堂が訊いてきた。
「購買で何か買うつもり」
「オレもなんだ。じゃ、一緒に予約しに行かない?」
「予約?」
「そう。購買って競争率高いから、この時間に予約しておくんだって。そうすれば確実に食いたい物が食えると」
考えもしなかった発想だった。
て言うか、購買に予約制度があるのにちょっと驚いた。
そんなの、教えてもらわないと知らないよな。
「それって、弓月って人からの情報?」
訊くと藤堂は頷いた。
いいなぁ、先輩に知り合いがいると。
入学式の時に「萎縮する」って言っていたのはどこのどいつだよ。
同級生よりも、先輩に知り合いがいる方が頼りになるじゃないか。
「弓月!?」
今まで机に突っ伏して寝ていた塚本が突然起き上がって叫んだ。
そんな大声出している所初めて見た(と言っても、昨日初めて会ったばかりだけど)から、オレも含めて教室中の注目を浴びた。
「弓月が来たのか?」
辺りをキョロキョロと見回し、塚本が挙動不審に言った。
「来てないよ。ちょっと話に出てきただけ」
「そうか……」
藤堂の言葉に安堵した塚本は、ストンと椅子に座った。
動悸を抑えるように胸元に手を当てている。
塚本がこんなに怯える弓月って人……一体何者?
「マサくんも昼は買い弁だろ? 一緒に予約行こうよ」
「行かない」
藤堂が誘うと塚本は即答で断った。
「彼織ちゃんと同じクラスになっただけで睨まれているのに、一緒に歩いている所を見られたら事態が余計に抉れる」
主語が無かったけど、それが弓月って人のことを話ているというのは何となく分かった。
塚本がこんなに恐れているなんて、ちょっと見てみたいかも。
「じゃあ、予約してきてあげるよ。何がいい?」
「もっと駄目」
藤堂の好意を、さっきよりも力一杯断った。
「彼織ちゃんをパシリにしたなんて知れたら、それこそ大変」
そんなに怖いのかな? 弓月って人は。
「そんなことないって」
ケラケラと笑う藤堂の様子からは、それ程恐ろしい人って感じはないけどな。
「じゃあ、俺が予約行ってくるから、彼織ちゃんはここにいて」
「え? いいの? マサくん動くの嫌いなのに」
「その方が、全然いい」
そう言って塚本が立ち上がる。
「適当なのでいいから」
藤堂が呑気に言う。
えっと? オレはどうすればいいのかな?
「ついでに予約してくる。何がいい?」
塚本がオレに向かって訊いてきた。
「何がいいって言われても……」
何があるのかも分からないのに決められるかよ。
「じゃあ、一緒に来い」
少しの考える時間も与えてくれない塚本が命令口調でそう言う。
クラスメイトとは言え、年上なんだから仕方がないけど、藤堂と態度が違わなくないか?
というか、オレと塚本の二人で行くの?
それってちょっと厳しくないか?
だって昨日が初対面でロクに話したことないし。
でも、これをきっかけに仲良くなるのもありかな。
なんかちょっと不思議な奴だし。興味あるかも。
塚本曰く「こっちのが近道」というルートで購買まで行く。
さすがに一年生をやるの二回目なだけあって、校舎の配置には詳しいようだ。
オレ一人だったら迷って、もっと時間が掛かっている。
あまり来る機会のなさそうな校舎を無言で歩くのが気まずくなって、当たり障りのない質問をしてみることにした。
「弓月さんってどんな人なの?」
訊くと、前を歩いていた塚本はすっげぇ嫌そうな顔して振り向いた。
全く当たり障りなくなかった。
「一言で言うと、彼織ちゃんバカ」
「バカ?」
「そう、バカ」
言っていることがイマイチ掴めない。
塚本は足を止めてオレの方へ向き直した。
何か重大な事を言われる雰囲気だ。
「あいつに逆らったら、この日本じゃ生きていけない……と思う」
そんなバカなー、って言おうとしたけど言えなかった。
冗談を言っている表情じゃなかったから。
目が本気だ。
本気でそう思っている顔だ。
「だから、彼織ちゃんにはあまり絡まない方がいい。えっと……」
塚本が言い澱んだのは、オレの名前が分からなかったからだ。
「名前、なんだっけ?」
「瀬口だけど」
教えてやると、塚本はオレの肩に手を置いた。
「瀬口も、弓月には十分気をつけた方がいい」
何でオレまで、と思ったけど、またしても言えなかった。
言おうとした時には、塚本の姿が目の前から消えていたから。
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