4 / 226
第4話 とりあえず出会いから -4
「幸せ者はっけーん!」
という大声とともに何か得体の知れないモノが塚本を掻っ攫っていった。
ベシャ、と床に塚本が倒れる音がして、目がそれを追う。
「いってぇー」
「痛いと思うから痛いんだ。痛くないって思えば全然痛くない」
「勝手な理屈を押し付けるなよ、弓月」
打ち付けた頭を擦りながら塚本がその人物の名を呼んだ。
突然横から突進し、確信犯的に塚本を床に突き飛ばした人物。
これが噂の「弓月」らしい。
はっきり言って格好良い人だ。
顔の造りは勿論、体形とか身のこなしとか全てが整っている。
ほんのりと醸し出している尊大なオーラも魅力の一つにしてしまっている。
腕を組み、床に座り込んだ塚本を見下している様は見事に絵になる。
挨拶にしてはちょっとやりすぎだけど。
「俺を差し置いて彼織と同じクラスになったんだ。幸せすぎて痛みなんて感じないだろ?」
やっと立ち上がった塚本の鳩尾に膝蹴りをかました。
手加減なしに。
意味わかんねぇし。
笑いながら膝蹴りする人、初めてみたよ……。
怖いっていうより、ヤバい。
「塚本っ!」
崩れ落ちた塚本は声を上げなかったけど、横で見ていたオレが大音量で叫んでしまった。
見ているこっちが痛い。
「おや? どちら様で?」
塚本に駆け寄ったオレを見て弓月さんが訊く。
目が合ってしまって、逸らしたら攻撃されるんじゃないかという恐れが頭をよぎった。
「クラスメイト、です、けど」
しどろもどろになってしまったのは、怯えているから。
情けないけど、こんなヤバ気な人と対峙するのは初めてなんだからしょうがない。
「塚本のクラスメイトってことは、彼織のクラスメイトか」
弓月さんはオレに顔を近づけて独り言のように呟いた。
オレはちょっとビビってしまって、「はい」と頷くのが精一杯だった。
藤堂はこんな人の家に世話になっているのか。
大丈夫なのかな。
こんな理不尽な人と一緒に住んで。
「こいつが彼織に余計なちょっかい出してたら、遠慮無く殴り潰しちゃって」
笑顔でそう言って、ついでのように塚本を足で突付いた。
そして清々しい微笑みを残して去って行った。
鼻歌つきで。
塚本が恐れる訳が分かったような気がした。
モロに鳩尾に入ってしまったらしく、塚本が復活するのには時間がかかった。
そのまま残してく訳にはいかなかったから、廊下の壁に寄りかかって「はぁ……」と溜め息を付いている塚本の横に立っていた。
10分の休み時間は、ついさっき鳴ったチャイムが終わりを告げていた。
つまり、今は授業中だ。
弁当の予約とか言っている場合じゃない。
「保健室行く?」
辛そうに腹を撫でる塚本に訊ねる。
「いや、いい」
オレの質問をきっかけに塚本は立ち上がった。
「とりあえず、購買行く」
「もう授業始まってるぞ」
「予約、するんだろ?」
意外にも律儀な奴だ。
だけど、もう授業始まっているし、予約しなきゃ買えないっていう訳じゃないんだから、別にいいんじゃないか?
「俺が行ってくるから、先に教室に戻っていていい」
オレの言いたいことが分かったのか、塚本が突き放すように言った。
その言い方は少し引っかかる。
お前の復活に付き合って授業に遅れているんだぞ。
そりゃ、「予約くらい」って思ったけど、そういう言い方されると意地でも付いていきたくなる。
「オレも行く」
塚本より一歩半前に出て歩み出た。
ともだちにシェアしよう!