5 / 226

第5話 とりあえず出会いから -5

 塚本は購買部のおばちゃんとも知り合いらしく、「授業中の予約は駄目なんだけどねー」とか言いながら快く弁当の予約をさせてくれた。  顔が広くて便利なヤツだ。  その後、教室に戻るのかと思いきや、塚本の足は別方向へと向かっていた。 「教室そっちじゃないよ」 「知ってる」  そりゃそうだろう。  四日前に入ったばかりのピカピカの新入生のオレと違って、塚本は一年もここに通っているんだから。  でも、教室じゃなかったらどこに行くんだよ。 「授業は?」  塚本の後を追いかけて、オレも教室へのルートから逸れる。 「どこ行くんだよ」 「屋上」  それだけ言って、どんどん階段を登ってく。  オレもその後についていく。  どうして追いかけているんだろう。  塚本なんか放って教室に帰ればいいのにと思いつつ、今から授業に顔を出しても悪目立ちするだけだしな。 「でも、屋上って鍵がかかっているんじゃ……」  階段を登りきって、古びた扉の前に立つ塚本の背中に言った。  扉には『締め切り』って書いた紙が貼ってある。  オレの言葉なんて聞こえないみたいに、塚本はポケットを探って何かを取り出して扉の前に膝を付いた。  カチャカチャとした音が響くこと数十秒。  ガチャン……。  と渇いた音がして鍵が開いた。  何故だ?  呆然とするオレを置いて、塚本は屋上へと足を踏み入れる。  オレも慌てて屋上に出た。  薄暗かった踊り場からいきなり陽の当る所に来て、眩しくて目を細めた。 「屋上だぁ」  当たり前なことを呟いてしまった。  中学の時も「屋上は危険」とか言って自由に入らせてくれなかったから、新鮮すぎて少しテンションが上がっている。  学校の屋上に出るのなんて、オレにしてみれば貴重な体験だ。  空が少し近い感じがする。  この先どうしたらいいか分からなくなったから、辺りを見回して塚本を探す。  ちょっと歩いたら、フェンスに寄りかかって座っている塚本を発見した。 「鍵、開けられるんだ?」  近付いて訊く。  塚本はちらりとオレを見上げて面倒そうに頷いた。 「開けられるヤツあんまりいないから、結構穴場」  イヤ、鍵を開けられるヤツなんて、この学校じゃ「あんまり」どころかお前くらいだよ。  なんて犯罪ちっくなヤツだ。 「腹痛い?」  さっきの鳩尾膝蹴りを気にして訊ねてみた。  座っていても手は蹴られた所を押えているから。 「それほどでもない。慣れているから」  ……慣れてるんだ。  どんな友情だよ、それ。  と言うか、本当に友達なのか? 「さっきの人が弓月って人なんだ?」  間違いないって思ったけど、一応確認してみる。  けど、塚本から返ってきたのは「うん」とん「そう」とかいう言葉じゃなくて、噴出したような笑いだった。  何だよ。感じ悪いな。 「訊いてばっか」  ぽつりと言う。  言われて、オレも「確かに」と思った。  本当にさっきから塚本に聞いてばっかりだ。  でも、気になって、知りたいことが多すぎるからしょうがない。 「ごめん」 「あー、別に悪くない」  反射的にオレが謝ると、塚本が困ったように口を開く。 「うん。さっきのが弓月。なんか、規格外なカンジだろ?」  ズレたタイミングで、さっきのオレの質問に答えた。 「俺が彼織ちゃんと同じクラスになっちゃったから、八つ当たりされている」  そういえば、そんなような事を言っていたような気がする。  どういう理屈なのかさっぱり分からないけど。 「彼織ちゃんと仲良くしていると、弓月が荒れるから困る。でも、瀬口は大丈夫みたいでちょっと羨ましい」  は?  羨ましい?  ちょっとその辺の意味が分からない。 「オレ、大丈夫なの?」 「多分……」  全然分からないぞ、塚本。  何でオレは「大丈夫」で「羨ましい」んだ? 「……って言われても、初対面だし」  と言って塚本を見たら、なんかガックリ首が落ちてるし。 「塚本?」  隣りに腰を下ろして覗き込んだら、瞼は閉じていた。  会話の途中で寝るなよ。 「ちょっと、眠すぎ……寝る」  そして塚本は本当に寝てしまった。  もう寝息聞こえてくるし。感心するくらい寝つきいい。  オレは手持ち無沙汰になって、とりあえず空を仰いでみることにした。  サワサワと風が通って気持ちがいい。  授業サボって屋上でうたた寝って、後ろめたいけど、なんか気分いい。  どうせ今日は最初の授業なんだから、大したことはしないよな。  数学教師もそう言っていたし。  最初の授業からコレっていうのはちょっとまずいかな、とは思うけど。  ふと隣の塚本を見る。  よく寝ている。  授業のことなんて全然気にしてなさそうだ。  雲の動きを観察するのも飽きたから、塚本を観察することにした。  人をまじまじと見るなんて悪いかな、と思うけど、相手は寝ているから別にいいよな。  肩幅、けっこうある。  そりゃ、これだけ背が高いんだから当たり前か。  当たり前ついでに腕も長い。  触れないくらいに横に自分の腕を並べて比べてみると一目瞭然。  藤堂があまりにも華奢だからちょっと忘れていたけど、オレも男にしては十分頼り無い体形をしているんだよな。  全然細いし。 「はぁ……」  並べとくのが情けなくなって、直ぐに離した。  起きたかな? と思って顔を覗き込んでみても、全く起きる気配無し。  陽に透けた髪が教室で見るよりも茶色い。  染めているのかな? 少し紅っぽくて柔らかい色。  あ、結構睫毛長い。  サワサワサワ……。  風が吹いて髪が揺れる。  ああ、いい天気だ。  屋上で昼寝するにはこれ以上ない日和だよ。    変だな。  昨日初めて見た人間の横で、こんなに眠いなんて。  同じクラスだからというだけで、こんなに気許せちゃうものかな?  眠い、眠い、眠い。  目眩するくらい眠い。  クラクラする。  睡魔に八割くらい意識持ってかれて、もうダメだ。  こんなにドキドキするのは眠すぎるからだ。  うん。きっとそう。 「……オレも寝よ」  だってこんなに天気いいし。  すること無いし。  眠い時には寝ておくべきだよな。

ともだちにシェアしよう!