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第5話 とりあえず出会いから -5
塚本は購買部のおばちゃんとも知り合いらしく、「授業中の予約は駄目なんだけどねー」とか言いながら快く弁当の予約をさせてくれた。
顔が広くて便利なヤツだ。
その後、教室に戻るのかと思いきや、塚本の足は別方向へと向かっていた。
「教室そっちじゃないよ」
「知ってる」
そりゃそうだろう。
四日前に入ったばかりのピカピカの新入生のオレと違って、塚本は一年もここに通っているんだから。
でも、教室じゃなかったらどこに行くんだよ。
「授業は?」
塚本の後を追いかけて、オレも教室へのルートから逸れる。
「どこ行くんだよ」
「屋上」
それだけ言って、どんどん階段を登ってく。
オレもその後についていく。
どうして追いかけているんだろう。
塚本なんか放って教室に帰ればいいのにと思いつつ、今から授業に顔を出しても悪目立ちするだけだしな。
「でも、屋上って鍵がかかっているんじゃ……」
階段を登りきって、古びた扉の前に立つ塚本の背中に言った。
扉には『締め切り』って書いた紙が貼ってある。
オレの言葉なんて聞こえないみたいに、塚本はポケットを探って何かを取り出して扉の前に膝を付いた。
カチャカチャとした音が響くこと数十秒。
ガチャン……。
と渇いた音がして鍵が開いた。
何故だ?
呆然とするオレを置いて、塚本は屋上へと足を踏み入れる。
オレも慌てて屋上に出た。
薄暗かった踊り場からいきなり陽の当る所に来て、眩しくて目を細めた。
「屋上だぁ」
当たり前なことを呟いてしまった。
中学の時も「屋上は危険」とか言って自由に入らせてくれなかったから、新鮮すぎて少しテンションが上がっている。
学校の屋上に出るのなんて、オレにしてみれば貴重な体験だ。
空が少し近い感じがする。
この先どうしたらいいか分からなくなったから、辺りを見回して塚本を探す。
ちょっと歩いたら、フェンスに寄りかかって座っている塚本を発見した。
「鍵、開けられるんだ?」
近付いて訊く。
塚本はちらりとオレを見上げて面倒そうに頷いた。
「開けられるヤツあんまりいないから、結構穴場」
イヤ、鍵を開けられるヤツなんて、この学校じゃ「あんまり」どころかお前くらいだよ。
なんて犯罪ちっくなヤツだ。
「腹痛い?」
さっきの鳩尾膝蹴りを気にして訊ねてみた。
座っていても手は蹴られた所を押えているから。
「それほどでもない。慣れているから」
……慣れてるんだ。
どんな友情だよ、それ。
と言うか、本当に友達なのか?
「さっきの人が弓月って人なんだ?」
間違いないって思ったけど、一応確認してみる。
けど、塚本から返ってきたのは「うん」とん「そう」とかいう言葉じゃなくて、噴出したような笑いだった。
何だよ。感じ悪いな。
「訊いてばっか」
ぽつりと言う。
言われて、オレも「確かに」と思った。
本当にさっきから塚本に聞いてばっかりだ。
でも、気になって、知りたいことが多すぎるからしょうがない。
「ごめん」
「あー、別に悪くない」
反射的にオレが謝ると、塚本が困ったように口を開く。
「うん。さっきのが弓月。なんか、規格外なカンジだろ?」
ズレたタイミングで、さっきのオレの質問に答えた。
「俺が彼織ちゃんと同じクラスになっちゃったから、八つ当たりされている」
そういえば、そんなような事を言っていたような気がする。
どういう理屈なのかさっぱり分からないけど。
「彼織ちゃんと仲良くしていると、弓月が荒れるから困る。でも、瀬口は大丈夫みたいでちょっと羨ましい」
は?
羨ましい?
ちょっとその辺の意味が分からない。
「オレ、大丈夫なの?」
「多分……」
全然分からないぞ、塚本。
何でオレは「大丈夫」で「羨ましい」んだ?
「……って言われても、初対面だし」
と言って塚本を見たら、なんかガックリ首が落ちてるし。
「塚本?」
隣りに腰を下ろして覗き込んだら、瞼は閉じていた。
会話の途中で寝るなよ。
「ちょっと、眠すぎ……寝る」
そして塚本は本当に寝てしまった。
もう寝息聞こえてくるし。感心するくらい寝つきいい。
オレは手持ち無沙汰になって、とりあえず空を仰いでみることにした。
サワサワと風が通って気持ちがいい。
授業サボって屋上でうたた寝って、後ろめたいけど、なんか気分いい。
どうせ今日は最初の授業なんだから、大したことはしないよな。
数学教師もそう言っていたし。
最初の授業からコレっていうのはちょっとまずいかな、とは思うけど。
ふと隣の塚本を見る。
よく寝ている。
授業のことなんて全然気にしてなさそうだ。
雲の動きを観察するのも飽きたから、塚本を観察することにした。
人をまじまじと見るなんて悪いかな、と思うけど、相手は寝ているから別にいいよな。
肩幅、けっこうある。
そりゃ、これだけ背が高いんだから当たり前か。
当たり前ついでに腕も長い。
触れないくらいに横に自分の腕を並べて比べてみると一目瞭然。
藤堂があまりにも華奢だからちょっと忘れていたけど、オレも男にしては十分頼り無い体形をしているんだよな。
全然細いし。
「はぁ……」
並べとくのが情けなくなって、直ぐに離した。
起きたかな? と思って顔を覗き込んでみても、全く起きる気配無し。
陽に透けた髪が教室で見るよりも茶色い。
染めているのかな? 少し紅っぽくて柔らかい色。
あ、結構睫毛長い。
サワサワサワ……。
風が吹いて髪が揺れる。
ああ、いい天気だ。
屋上で昼寝するにはこれ以上ない日和だよ。
変だな。
昨日初めて見た人間の横で、こんなに眠いなんて。
同じクラスだからというだけで、こんなに気許せちゃうものかな?
眠い、眠い、眠い。
目眩するくらい眠い。
クラクラする。
睡魔に八割くらい意識持ってかれて、もうダメだ。
こんなにドキドキするのは眠すぎるからだ。
うん。きっとそう。
「……オレも寝よ」
だってこんなに天気いいし。
すること無いし。
眠い時には寝ておくべきだよな。
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