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第8話 危機はいきなりやってくる -3
バタバタ暴れてワーワー叫んでも相手は全然堪えてない。
それどころか、すっげぇ楽しそう。
ヤバい。
さすがのオレだってヤバいのは分かる。
こいつらの触り方は、これから「殴る蹴る」の類をするカンジじゃない。
品定めしているカンジ。
されてどーする、オレ!
逃げなきゃ。
かなり本気に、全身全霊かけて死ぬ気で逃げなきゃ。
じゃないとヤられる。
こんな所でこんなやつらにヤられてしまう。
そんな馬鹿な事があるかと笑い飛ばしたいが、どうやらここからそんな展開にはなりそうもない。
つーか、いい加減に起きろよ塚本!
オレがこんな大変な時にスヤスヤ寝てんなよ!
元はといえば、お前が授業と掃除サボってこんな所で寝ているからいけないんだろーが!
オレがこんな目に合うのはお前のせいだ、お前の。
助けろ!
今すぐ起きてオレを助けろっ!
カチャ、って音がして血の気が引いた。
上に乗っている奴の手がベルトにかかった音だ。
いよいよヤバイ。
「やめろ!」
「これから、これから」
必死に叫んでも全然駄目。
だからって簡単に諦められるか!
可能な限り叫ぶけど、相変わらず何の手応えもない。
「やはり一年生は元気だねぇ」
「若さだね、若さ」
「ふざけんなっ!!!」
怒りなのか悔しさなのか情けなさなのか、それとも全部ひっくるめて訳分かんなくなって涙が出てきた。
イヤだ。
負けたみたいでイヤだ。
こんな風に泣くのは嫌だ。
何も出来なくて、こんな奴らに好きにされて泣くのは絶対に嫌だ。
「イヤだ」
なんかもう……全部イヤだ。
「何してんの、お前ら」
叫ぶオレと笑う二人の間を縫って、やけにボケた声がした。
二人の動きが止まる。
オレは不自由な態勢だけど、頑張って首を巡らせて声のした方を見た。
足しか見えなかったけど、見覚えのある履き古した上履きだった。
塚本だ。
やっと塚本が起きたんだ。
助かった!
「おはよー」
「おはよう」
こんな時に挨拶なんかしてんじゃねぇよ!
寝ぼけてないで早く助けろ、塚本。
「起きるの随分早いじゃん」
「あれだけ騒げば起きるって」
「悪いね、起こしちゃって」
「いや、それは別にいい、けど」
話し込んでるよ。オレを放って。
そんな場合じゃないだろ。
「それ、瀬口?」
もっと早く気づけよ。
「塚本っ!」
情けないけど、助けを求めて叫んだ。
この二人と知り合いなら、オレを助けてくれ。
「友達なんだって? 良かったじゃん、留年しても友達できて」
「しかもなんか可愛いし」
オレの頭に手を置いて言う。
払いのけられないのが悔しい。
「お前も混ざる?」
そんな怖い事を聞くなよ。
「なんか、無理矢理に見えるんだけど」
塚本がそんな見当違いなことを言うのは寝ぼけているからか?
それとも素で言っている?
「見えるんじゃなくって、そうなんだよ!!」
大声で叫ぶ。見て分からないとは屈辱だ。
「やっぱり」
納得している暇があるなら、この上に乗っている奴を早くどけてくれ。
「やめろよ、そういうの」
いつもと変わらない口調で塚本が言う。
そう言ってくれるのはありがたいんだけど、できればもっと強い調子で言って欲しいんですけど。
「ここまできて止められると思う?」
オレの上に乗っている奴が、相変わらず笑いながら言う。
その間も手はオレの身体に触れている。
気色悪い。
「だから、止めろって」
そう言った塚本の声の温度は、確実にさっきよりも下がっていた。
今までの寝惚けたようなのとは違う、冷たい声音。
どう考えても塚本の声だったけど、別人みたいに聞こえた。
「俺、今ちょっと、機嫌悪い」
ビクリと震えて、オレを押さえつけていた手が離れた。
明らかに塚本の言葉に圧されている。
「そんなに怒るなって。冗談だって」
渇いた笑いが聞こえる。
「それから、瀬口は彼織ちゃんの友達だから」
塚本がそう言った瞬間、どんなに暴れても動じなかったのが嘘のように、二人がオレから距離を取った。
あっという間に五歩くらい向こうにいて、逃げ腰で苦笑している。
「ゆ、弓月には言うなよ、絶対に!」
塚本が「弓月」って聞いた時よりも、数倍怯えた反応。
効果抜群。
あの人は、一体どれだけの人に恐れられているんだろう。
まぁ、確かに有無を言わさぬ恐ろしい人だったけど。
「言わない」
再び面倒そうな口調に戻った塚本がそう言うと、二人はほっとしたように息を吐いた。
「何かゴメンね」
今のはオレに向けられた言葉のようだ。
さっきの態度とは雲泥の差すぎる。
「そうならそうと言ってくれれば良かったのに」
「知っていたらこんな事はしなかったって」
口々にそんな事を言い残した二人が、慌てふためいたように屋上から出て行って、塚本と二人きりになった。
でも、オレはまだ後ろ手に縛られたまま。
「不自由そうだな」
オレの縛られた手を見て、最初の塚本の言葉がそれだった。
「そう思うなら解いてよ」
と言うか、普通は最初に解いてくれるものだろ。
まだ寝ぼけているのか?
結構きつめに結んであったらしく、解くのに苦戦している。
「ふぅ……」
やっと手が自由になって、安堵の溜め息が漏れた。
一体、何だったのか。
嵐のような時間だった。
一体何で縛られていたのかと思ったら、制服のネクタイだった。
それ見たら、ブレザーの制服が疎ましく思えてきた。
「泣いた?」
「泣いてない」
「でも涙」
「勝手に出てきたの。オレは認めてない」
少し埃っぽくなった制服の袖で目涙を拭う。
格好悪い。
顔合わせたくない。
でも、遅いとはいえ助けてもらったのだから、と思って
「ありがとう。助かった」
と言っておいた。
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