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第9話 危機はいきなりやってくる -4
乱された制服を正していると、オレの手首に巻いてあったネクタイをポケットに突っ込みながら塚本が口を開いた。
「未遂?」
「聞くなよ!」
普通聞くか?
男に襲われかけて十分傷付いてんだぞ。もっと気を遣えよ。
「そうか……」
オレが何で怒ったのか分からない、と言う風だった。
オレにしてみれば、そんな事を聞く神経の方が訳分かんないけどな。
「そんなに嫌だったのか」
「当たり前だろ」
「でもあいつら、下手ではないはず……」
「そーいう問題じゃない!」
ここは怒鳴っても良いところだと確信できる。
逆に、なんでこいつはこんななのか。
たった今、襲われた人間を前にして、上手いとか下手とかよく言えるよな。
「そうか……」
またまた分からない、という表情をしている。
「塚本は、男に無理矢理襲われても平気なのか?」
「まさか」
「だろ? 上手いからって理由で許せるかよ」
「なるほど」
当たり前だろ、そんなの。
こいつ、天然か?
「それは、悪かった」
「何で謝るんだよ」
「あいつら、一応友達だから」
友達は選んだ方がいいんじゃねぇの。
言葉にはしなかったけど、そういう目で見てやった。
「言い訳っていう事じゃないけど、欲求不満なのが多いから」
塚本は、前みたいにフェンスに寄りかかるようにして座った。
「瀬口みたいなのは、狙いやすいから気をつけたほうがいい」
狙いやすいって……。
その言い方、お前は狩る側だぞ。
「オレ、男なんだけど」
そんなの何の問題もないってこと、分かっていても言いたくなる。
と言うか言わせてくれ。
「うん、大丈夫。挿れられればいいから」
「……最っ低」
軽蔑に値するぞ、その発言は。
「塚本もさっきの奴らみたいな事するんだ」
刺々しく、嫌味たっぷりに言う。
「しない。俺、強姦とか嫌いだから」
ああ、そうですか。
それはご立派ですね。
倫理的な理由じゃなくて、面倒とかやる気の問題で「嫌い」って言ってそうなのが気になるけど。
「でも襲うにしても、オレなんかよりも藤堂とかの方がそれっぽいんじゃないか?」
藤堂には失礼だけど、あいつの方が全然それっぽい。
どれっぽい? とか聞かれると困るけど。
「彼織ちゃんには弓月がついているから、誰も手出さないよ」
そう言えば、さっきの二人も「弓月」の名前聞いたら物凄い勢いで逃げてったな。
オレには直接関係無い人なのに、「藤堂の友達」というだけであんな反応なんだ。
すっげぇ羨ましいんだけど、それ。
「いいなぁ」
「何が?」
「藤堂が羨ましい」
今のオレには羨ましすぎて眩しいくらいだ。
入学式の時に藤堂のこと「大丈夫か?」とか思ったけど、要らぬお世話だった訳かい。
しかもオレの方が危ないってどういう事だよ。
「オレもそういう先輩が欲しい」
「そういう、ってどういう?」
立ったままでいるオレを見上げて塚本が聞く。
上から見る機会なんて滅多にないから、ちょっと新鮮だ。
「だから、弓月さんみたいに、名前聞いただけでさっきみたいに逃げて行くような」
「何で?」
「だって、藤堂は弓月先輩のおかげで襲われないんだろ?」
「……まぁ、そうかも」
「すっげぇ羨ましい」
さっき叫んだからちょっと喉が痛い。
けど無理しない程度に、いつもより大きめの声で言った。
そんなオレの心の篭った声を聞いた塚本は、少しの間の後、ゆっくりと口を開いた。
「俺の目の届く範囲でなら、助けてやれるぞ」
ちょっとドキッとしてしまった。
そのセリフになのか、塚本自身になのか分からないけど、心臓がドキドキしている。
「今日ずっと寝ていたくせに」
憎まれ口を言ってしまうのは照れ隠しだ。
「でも、未遂だったんだろ?」
「だからそーいうことを聞くなって言ってるだろ!」
オレが怒っているのに塚本は笑っている。
なんだよ。
さっきは「なんで?」って表情していたのに、なんで今は笑っているんだよ。
「オレがずっと助けを待っていたのに、塚本気持ちよさそうに寝てて、すっげぇ腹立った」
怒りがジワジワと込み上げてくる。
「お前ずっと寝てるし、全然起きないし、すっげぇ怖かったんだからな」
今さらなのにまた泣きそうだ、オレ。
情けない。
こんなことを塚本に言ってもどうしようもないのに。
だけど、塚本はちゃんと聞いていてくれている。
「次は……」
塚本の真剣な表情と声。
涙なんて止まってしまった。
「次は、もっと早く起きる」
本当になんだよ、こいつ。
「次」なんてあってたまるか。
しかもお前また寝ている気かよ。
全然有り難くねぇよ。
だけど、何でか分からないけど、無性に嬉しいよ。
あんなことがあった後だし、泣いた後だし、照れもあって素直に笑えない。
もっとちゃんと笑えたらよかったのに。
けど、感謝はしているから。
「任せた」
「ん。任された」
お前、どこまで本気か分からないけどな。
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