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第11話 それの自覚は突然に -2

「オレが一番危険だったのは一年の時なんだね」  言われるままに座ると、先輩が語りだした。 「同級生はいいとして、上級生が束になってこられるとさすがにヤバかったなぁ」  その時を思い出しているように言った。  主語はなかったけど、きっと「男に襲われた経験談」なんだろう。  辛いことに、ちょっと他人事じゃない。 「あの……何でオレにそんな話をするんですか?」  居合わせてしまったとは言え、初対面の人間に語るような内容じゃない。  先輩の真意が見えない。 「オレの知り合い曰く『隙があるから襲われるんだ』とのことなんだけどさ、そんなこと言われてもさぁ」  オレの質問には答えず、先輩は語り続けている。  何なんだろう、この人は。 「自分じゃ何が隙になるかなんて分からないよねぇ」  チラリとこっちを見る。  ドキッとするくらい色っぽい。  イヤ、どう見ても男なんだけどな。  間違いをおこす人の気持ちも分かるというか……。  分かってどーする、ってカンジなんだけど。 「自分じゃ分からないけど、人のことなら分かるんだな」  オレが妙なことを考えて紅くなっていると、先輩はピシッとオレを指差して、ちょっと真面目な表情になった。 「何でこんな話をするかって言うと、それは、君があまりにも無防備だからだよ」  唐突に、話題がさっきのオレの質問に戻っていた。  無防備? オレが?  渡部先輩の言っていることがよく分からない。  オレが首を傾げていると、畳み掛けるように先輩が言う。 「瀬口くんみたいに、無防備で可愛いコは簡単に餌食になっちゃうからねー」  ……カワイイ?  誰がですか?  あまりの言われように脱力してしまう。  親類縁者のおばさんくらいにしか言われたことのない表現だ。 「でもオレ、高校に入るまで男にモテたことないですよ」 「うん、まぁ、それは別」  確かに別だったな……。  この前の屋上でのことを思い出しちゃって、嫌な気分になった。 「男子校の空気というヤツに当てられちゃうんだよ。華がないでしょ? 女の子がいるだけで、こう……パッと華やぐカンジ。それがないから、瀬口くんみたいに可愛いコに手を出して気を紛らわすというか……言葉は悪いけどね」  実感篭り過ぎですよ、渡部先輩。  そういう目にたくさん会ってきたんだろうなぁ。  渡部先輩ならその話も分かるけど、オレが先輩側に入っているのはちょっと納得できない。 「ただの先輩の忠告だから聞き流してくれていいんだけど、オレも嫌な目にあったから、できるだけそういう思いする子は減って欲しいんだよね」  ちょっとお節介だけど、と言い足して笑った。  良い人なんだなぁ。  見ず知らずの後輩にこんな助言をしてくれるなんて。  それから、渡部先輩は僅かに身を屈めて声をひそめて言った。 「さっきの言い方ちょっと気になったんだけど、もう襲われたりした?」  鋭い。  オレにはどの言い方か分からないけど、知らないうちに言葉に出てしまったのかもしれない。 「この間、ちょっと……」  あー、また嫌なこと思い出してしまった。  トラウマになりそう。 「そうか、遅かったか……」 「ヤられてませんよ!」  心底残念そうに渡部先輩が言うのは、絶対に誤解をしているからだ。  オレは大声を上げて未遂であったことを告げた。  なんか情けない……。 「友達がいて、助けてくれましたから」  慌てて言うと、先輩は楽しそうに笑った。 「やっぱ、オレがこんなこと言うのは大きなお世話だったみたいだね」  跳ねるように台から降りて床に着地した。  その仕草が年上とは思えないくらいに可愛い。 「あの、上級生に束になってこられて……その、どうやって乗り切ったんですか?」  参考にするような場面がこないことを願いつつ、今後の為に聞いておく。 「よく攻撃は最大の防御なりって言うだろ」 「は?」  渡部先輩はヘラリと笑ってグッと拳をつくって構えた。  意外に様になっている。 「オレ、強いから」  重ねて言いますが、そんなに強くは見えませんが。  冗談なのか本気なのかイマイチ掴めない。 「束になった上級生相手でも強いんですか」  投げやりに言うと、先輩は相変わらずの笑みを崩すことなく頷いた。  人は見かけによらないって言うけど、この人の場合、どうなんだろ。  どっちにしても、今後の参考にはなりそうもなかった。 「引き止めてごめんな。早く飯食わないと授業始まっちゃう」  黒板の上にある時計を見ると、昼休みはもう半分が終ってしまう。  渡部先輩が、良い意味で上級生っぽくなくて話し易い人だったため、つい話し込んでしまった。 「それじゃ、頑張って」  何を? と聞きたかったけど言わなかった。  ちょっと考えればすぐに分かるから。  頑張ろうにも、頑張り方が分かりませんよ……。  ガラッ!  オレも渡部先輩も帰ろうとした時、化学室の扉が開いた。  さっき先輩を襲ったらしい人が戻ってきてしまったのかと思って驚いたけど、扉のところに立っていたのは塚本だった。 「塚本」  予想外の人物の登場にさらに驚いた。  オレが呼びかけても塚本はその位置から動かない。 「友達?」  先輩がそう聞くので、オレは「はい」と頷いた。  オレたちが近付くと、塚本はちょっと気まずそうに後退さった。 「じゃあ、またね」  一度塚本に目を配らせ、オレの肩をポンと軽く叩いてから、渡部先輩は先に行ってしまった。

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