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第12話 それの自覚は突然に -3
見送っていた先輩の背中から視線を塚本に移す。
向こうもオレを見ていたらしく、目が合ってしまった。
けどそれは一瞬で、すぐに塚本の方が目を逸らした。
カンジ悪いぞ、オイ。
それよりも、何でここにいるんだ?
「塚本も忘れ物?」
「いや、違う……けど」
やる気のない口調は相変わらずだけど、いつもより歯切れが悪い。
「急用とか?」
「それも、違う」
最低限しか動かない人間が、用もないのにこんな所に来るか?
訝しげに見ていると、オレのそんな視線に気づいたのか、塚本はまた顔を逸らした。
「いや、でも、急用は間違ってないかも」
よく分からないことを言い出して、のろのろと歩き出した。
真っ直ぐ教室に向かうようだ。
本当に何しに来たんだろう。
こういう意味のない行動が塚本っぽくなくて、ちょっと戸惑う。
そういえば、この所塚本は遅刻も欠席もあまりしてない。
ずっと寝ているけど、前よりも授業にちゃんと出ている。
最初の頃が嘘のような出席率だ。
……って、高校生としてそれが普通なんだけどな。
塚本は、滅多なことがない限り自分からは喋り出さない。
だから、こうして二人きりになった場合、オレが喋らないとずっと無言になる……筈なんだけど。
「瀬口は、あの人と知り合いだったんだな」
お?
珍しいな。塚本から質問してくるの。
「渡部先輩? さっき化学室で初めて会ったんだけど、塚本も知っている人なのか? いい人だよな」
言ってから引っ掛かった。
でも、さっき二人が顔を合わせた時、知り合いって雰囲気じゃなかったようだけど。
それどころか、渡部先輩は塚本のこと知らないみたいだったし。
塚本の訊き方も、ちょっとよそよそしいような。
「あの人は、有名だから」
ぽつりと塚本が言う。
そうか、有名人なのか、あの人。
なんか分かる気がするかも。
ちょっと目立つからな、あの容姿じゃ。
「急用って何?」
隣を歩く塚本を見上げて、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
歩くのも面倒だ、というカンジの塚本の歩調は意外にそれほど遅くなく、オレの歩く速度に丁度合う。
それもちょっと癪だけどな。
「もう済んだ」
「ついでに化学室に寄ったのか?」
「……あそこに用があった」
なんか釈然としない。
塚本は化学室の扉を開けただけで何もしてなかったぞ。
急用って何だったんだろう。
化学室の扉開けた時は、妙に気まずそうだったけど。
「瀬口が、なかなか戻ってこないから」
オレの所為?
まぁ、確かに「直ぐに戻るから」と言って教室出ていったよ。
ペンケースを取って直ぐに帰るつもりだったから。
渡部先輩と話し込んでしまったのは予定外の事態で、直ぐには戻れなくなっちゃったけど。
でも飯は先に食っていていい、って言ったし、授業が始まるまでまだ時間はある。
塚本が迎えに来る理由が分からない。
「また、襲われているのかと思って」
「はぁ?」
これは予想外だ。
意外な展開だ。
もしかして心配していたのか?
オレが帰るのが遅かったから、またどっかで襲われているんじゃないかって心配してくれたのか?
あんな危機、そう頻繁にあってたまるかって感じだけどな。
「つーか、『また』って何だよ。『また』って! この前は未遂だったって言ってるだろ!」
ここの部分は、はっきりさせておかないといけない。
オレがムキになって言うと、塚本は意外そうな表情をした。
「何で怒る?」
「怒っているんじゃない。間違いを訂正しているんだ」
「同じだろ」
「全然違う」
「押し倒されたんだから、襲われたんだろ」
その通りだ。
確かにその通りだろうけど、その響きには物凄い抵抗があるんだよ。
「そうかもしれないけど、一纏めにするなって言ってんの。塚本の言い方だと、既に手遅れみたいに 聞こえるんだよ」
「そんなに拘ることか?」
「未遂と既遂じゃ精神的ダメージが大きく違うんだよ。拘って当たり前だ」
言っていて虚しくなる。
なんでこんな事で言い合いをしなきゃいけないんだよ。
いや、言い合っていると思っているのはオレの方だけかも。
塚本は相変わらずやる気無い口調だし。
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