12 / 226

第12話 それの自覚は突然に -3

 見送っていた先輩の背中から視線を塚本に移す。  向こうもオレを見ていたらしく、目が合ってしまった。  けどそれは一瞬で、すぐに塚本の方が目を逸らした。  カンジ悪いぞ、オイ。  それよりも、何でここにいるんだ? 「塚本も忘れ物?」 「いや、違う……けど」  やる気のない口調は相変わらずだけど、いつもより歯切れが悪い。 「急用とか?」 「それも、違う」  最低限しか動かない人間が、用もないのにこんな所に来るか?  訝しげに見ていると、オレのそんな視線に気づいたのか、塚本はまた顔を逸らした。 「いや、でも、急用は間違ってないかも」  よく分からないことを言い出して、のろのろと歩き出した。  真っ直ぐ教室に向かうようだ。  本当に何しに来たんだろう。  こういう意味のない行動が塚本っぽくなくて、ちょっと戸惑う。  そういえば、この所塚本は遅刻も欠席もあまりしてない。  ずっと寝ているけど、前よりも授業にちゃんと出ている。  最初の頃が嘘のような出席率だ。  ……って、高校生としてそれが普通なんだけどな。  塚本は、滅多なことがない限り自分からは喋り出さない。  だから、こうして二人きりになった場合、オレが喋らないとずっと無言になる……筈なんだけど。 「瀬口は、あの人と知り合いだったんだな」  お?  珍しいな。塚本から質問してくるの。 「渡部先輩? さっき化学室で初めて会ったんだけど、塚本も知っている人なのか? いい人だよな」  言ってから引っ掛かった。  でも、さっき二人が顔を合わせた時、知り合いって雰囲気じゃなかったようだけど。  それどころか、渡部先輩は塚本のこと知らないみたいだったし。  塚本の訊き方も、ちょっとよそよそしいような。 「あの人は、有名だから」  ぽつりと塚本が言う。  そうか、有名人なのか、あの人。  なんか分かる気がするかも。  ちょっと目立つからな、あの容姿じゃ。 「急用って何?」  隣を歩く塚本を見上げて、ずっと気になっていたことを聞いてみた。  歩くのも面倒だ、というカンジの塚本の歩調は意外にそれほど遅くなく、オレの歩く速度に丁度合う。  それもちょっと癪だけどな。 「もう済んだ」 「ついでに化学室に寄ったのか?」 「……あそこに用があった」  なんか釈然としない。  塚本は化学室の扉を開けただけで何もしてなかったぞ。  急用って何だったんだろう。  化学室の扉開けた時は、妙に気まずそうだったけど。 「瀬口が、なかなか戻ってこないから」  オレの所為?  まぁ、確かに「直ぐに戻るから」と言って教室出ていったよ。  ペンケースを取って直ぐに帰るつもりだったから。  渡部先輩と話し込んでしまったのは予定外の事態で、直ぐには戻れなくなっちゃったけど。  でも飯は先に食っていていい、って言ったし、授業が始まるまでまだ時間はある。  塚本が迎えに来る理由が分からない。 「また、襲われているのかと思って」 「はぁ?」  これは予想外だ。  意外な展開だ。  もしかして心配していたのか?  オレが帰るのが遅かったから、またどっかで襲われているんじゃないかって心配してくれたのか?  あんな危機、そう頻繁にあってたまるかって感じだけどな。 「つーか、『また』って何だよ。『また』って! この前は未遂だったって言ってるだろ!」  ここの部分は、はっきりさせておかないといけない。  オレがムキになって言うと、塚本は意外そうな表情をした。 「何で怒る?」 「怒っているんじゃない。間違いを訂正しているんだ」 「同じだろ」 「全然違う」 「押し倒されたんだから、襲われたんだろ」  その通りだ。  確かにその通りだろうけど、その響きには物凄い抵抗があるんだよ。 「そうかもしれないけど、一纏めにするなって言ってんの。塚本の言い方だと、既に手遅れみたいに 聞こえるんだよ」 「そんなに拘ることか?」 「未遂と既遂じゃ精神的ダメージが大きく違うんだよ。拘って当たり前だ」  言っていて虚しくなる。  なんでこんな事で言い合いをしなきゃいけないんだよ。  いや、言い合っていると思っているのはオレの方だけかも。  塚本は相変わらずやる気無い口調だし。

ともだちにシェアしよう!