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第16話 あれこれ画策してみても -3
この前、一度だけ教室に来た、塚本の友達の西原先輩だった。
西原先輩は、この前会った時には掛けてなかったフレームレスの眼鏡を押し上げて、少し不機嫌そうにオレたちを一瞥した。
無理矢理連れてこられたのが嫌だったんだろう。
「誰が塚本博士だ」
オレとほぼ同じツッコミをした。
意味的には「昆虫博士」と同じなんだろう。
塚本に詳しいというのは、何となく納得できる。
それよりも、この真面目そうな人がこの三人と知り合いという事の方がかなり意外だ。
「随分と妙な取り合わせだな」
西原先輩はオレを見るなり、驚いたようにそう言った。
オレもそう思います……。
どうやらオレの事を憶えていてくれていたらしい。
「博士が今頃学食にいるのって珍しいな」
「だから誰が博士だ」
西原先輩は安達の頭を小突きながらも、あっさりと空いている椅子に座った。
「ちょっと中等部に用があって」
そう言えば、中等部に行くにはここを通ってグラウンドの脇を突き抜けてくのが近道だと聞いた。
実際に行ったことはないけど。
「なぁなぁ、塚本をゲットするにはどーしたらいい?」
安達が前置き無しに訊いた。
「塚本?」
いきなりの質問だった所為で、西原先輩が怪訝な表情で聞き返した。
「なっちゃんがね、塚本狙いなんだって」
「違いますっ!」
あまりにもあっさりとバラすから、思わず黒見を怒鳴ってしまった。
「それはまた、随分と奇特な……」
複雑な笑みを浮かべて西原先輩が言った。
どういう意味ですか……。
「でさ、西原って塚本に詳しいし、あいつの好みとか教えてやってよ」
仲井がそう言うと、西原先輩がこっちを見た。
何もされてないのに、なんか緊張する。
「あ……いや、いいです。全然知りたくないですから」
と本心とは逆の事を言ってしまった。
知りたいけど、知った所でどうしようもないって分かっているから。
今はただ「好き」と思うだけで、そこから先はまだ分からない。
と言うか、男を好きになってしまったという戸惑いの方が大きくて身動きできない状態だ。
あとは疑心。
この気持ちが「恋」とか「愛」とかいうのに当てはまるのか、いまいち不明。
どこかで認めたくないって思っているから、塚本と「付き合いたい」とは積極的に思えない。
「塚本なら甘栗好きだ」
西原先輩があまりにも真面目な顔で言うのが妙におかしかった。
「誰が食い物の好みを教えろと言ったよ」
「そーだよ。それだったら俺だって、塚本がコーヒー牛乳好きだってことくらい知っているさ」
「あと大豆ね」
「え? 大豆?」
「豆・豆製品ってこと」
「あー、醤油とか味噌とかの事か」
「いやこの場合は豆腐とか納豆とかだろ」
西原先輩を除く三人の二年生が口々に言い出した。
だから……なんでこの人たちはこうも喧しいんだろう。
「食い物の嗜好じゃないなら何だ」
話の脱線を先導した西原先輩は傍観者でいることに飽きたらしく、腕を組んでやや大きめな声で訊いた。
「だーから、付き合うならどんなコがいいとか、そういうコト」
聞きたくないな、と思う反面、すっごく聞きたいことだ。
矛盾しているよな。
その矛盾がもどかしくてソワソワする。
「来る者は拒まず精神だから、言えば付き合えるんじゃないか」
あきらかにオレに向かって言われた。
どうしたらいいか反応に困る。
「じゃあ、なっちゃんでもアリってこと?」
「よかったな」
仲井と安達が口々に明るく言う。
でも、なんか、それは違うんじゃないだろうか。
それって結局、誰でもいいってことで……。
全然良くないって。
「どーした?」
沈んでいると黒見が覗き込んできた。
「……別に」
強がって顔を上げると、安達と仲井が全てを察したように頷いている。
何だよ。
「そっか……なるほどね」
「青春だねぇ」
ニヤニヤと笑ってこっちを見ている。
そういう扱いされると気分悪いんだけど。
「身体ではなく心が欲しい、という事か」
やけに冷静な西原先輩の言葉に心臓が大きく脈打った。
生々しい表現がやけに耳に残る。
見透かされているよ……。
しかも、ここにいる全員に。
「そんなんじゃないです」
慌てて否定したけど、既に遅かった。
「かわいーねぇ、なっちゃんは」
「違うって!」
意味有り気な笑みに、逆効果だと分かっていてもつい大声になってしまう。
「照れなくても大丈夫だって。若い時はみんなそう思うもんだし」
お前は幾つだ、と言いたくなるようなセリフだ。
遊ばれている。
完全に遊ばれているよ。
「ところでさ、塚本って男は大丈夫だっけ?」
基本的なことを言い出したのは安達だった。
オレの為の話とは言え、嫌な話の展開だ。
「どおよ、博士」
「問題無いだろ。同性だからといって拒むような奴じゃない」
博士と呼ばれることを諦めたのか、西原先輩が普通に答えた。
答えを聞いて、それもどうかと思うけど。
「まずは強い印象付けかな」
小首を傾げてと安達が言う。
「塚本がついつい考えちゃうような存在になればいいんだって」
「それって基本じゃん」
気が抜けたように仲井が呟いた。
「塚本がついつい考えちゃうような存在って……何だ?」
それはオレが聞きたいよ。
基本だけど、凄く難しい注文だと思う。
「弓月レベルだな」
ぽつりと言ったのは黒見だ。
「確かにそうだけど、弓月レベルだったら『ついつい考えちゃう』んじゃなくて『常に怯えている』になるだろ」
一瞬固まっていた安達が呆れたように言った。
常に怯えられるのは嫌だ。
「弓月さんって、そんなに怖いんですか?」
オレが何気なく訊くと、その場の空気がフリーズしてしまった。
相当怖いらしい。
「だってあいつ無差別なんだもん」
溜め息混じりに安達が言った。
「機嫌悪い時なんて最悪な」
「容赦ないからねぇ、あいつは」
「喧嘩がやたらと強いから、暴走すると止められる人が少なくて大変」
「前にキレた弓月を塚本が止めようとして大怪我したよな?」
「あれ以来じゃねぇ? 塚本が弓月を警戒し出したの」
三人が口々に話してくれたおかげで、なんとなく弓月って人の怖さが分かってきたような気がする。
大怪我を負わされたから、塚本はあんなに弓月さんを警戒していたんだな。
それでも友達って、ちょっと凄いと思う。
「弓月くらい強烈で尚且つ好印象か……」
黒見が真剣な表情で考え込んだ。
どうしてこんなどうでもいい事でそんなに真剣になれるのか。
「難しいな」
「博士のご意見は?」
安達が聞くと、西原先輩は少し面倒そうに瞼を閉じた。
こんな事を相談されるのは嫌なのかな? と思ったら、直ぐに口を開いた。
「気持ちなんて後から付いてくるだろ」
思いっきり投げやりに言われた。
「塚本の情報ならいくらでもくれてやるが、こういう話は苦手だ」
ちょっと不機嫌に顔を逸らした。
「西原は、自分のことなら色々と暗躍するのにな」
その黒見の意見には西原先輩も含め、全員が納得したようだった。
「他人の為に使う頭は持ち合わせていない」
と自分で認めていたから、本当なんだろう。
で、結局その後どうなったかと言うと、散々話が脱線した挙句、
「まぁ、頑張れ」
の一言で解散になった。
振り返ってみると、とてつもなく無意味な時間を過ごしてしまった気がする。
なんか、すっげぇ疲れた……。
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