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第23話 なんとか進展はしたようで -4

 広いんだろーな、と予想していた塚本の私室は母屋とは別の棟、つまり離れだった。  台所もトイレも風呂もあって、その気になればここだけで生活していけそう。  というか、塚本はここだけで生活しているようだ。  そういう生活感がある。 「HRが終わってすぐに帰ったって聞いてたけど、家に帰った訳じゃなかったんだな」  座布団に促されて座ったはいいけど、どうも精神的に居心地が悪い。  オレ、ここにいてもいいのか? 「ずっと、学校にいた」 「こんな時間まで? 何してたんだ?」  と訊くオレも人のこと言えねぇけど。 「最初は、瀬口を探してた。でも途中で弓月に見付かって、今まで足止め食らってた」  聞き捨てならねぇ事を言われた。  最初はオレを探していたって?  何で? 「何で塚本はそうなんだよ」  どうせまた「ヤられてるのかと思って」とか言うんだろ。 「『そう』って?」 「どうしてオレなんかを探すのかって言ってんの」 「心配だから」  なんでも無いことみたいに、当然なことみたいに言われた。  心配してくれるのは嬉しいよ。  けどさ、それと同じくらい辛いんだって。 「そうやって心配されると、せっかく塚本を諦めようとしてんのが全然うまくいかないだろ!」  うわー。  これって八つ当たりだよな。  分っているけど、今日はちょっと精神不安定でどうしようもない。  塚本の部屋に二人きりって状況、昨日までだったら素直に楽しかっただろうし、明日以降だったら気持ちの整理も付いて、もっと何とかなっていると思うんだ。  何も今日じゃなくてもいいのに。 「諦めるの? 俺のこと」  諦めるよ。  きっぱり諦めるよ。  それで、他の友達と同じくらいの位置に塚本を置くんだ。  文句なんかないだろ。 「何で?」 「何で!?」  思わず訊き返してしまった。  塚本は不思議そうにこちらを見て、オレが速攻で聞き返したのに驚いたようだった。  驚いたのはこっちだ。 「オレなんか、塚本にとってはただのクラスメイトだってことくらい知ってるよ」  自分からこんな事を言うなんて、哀しいを通り越して情けない。 「塚本こそ、何でオレの心配なんかするんだよ。そんなのされたら諦めきれないだろ」  どうしてオレは、わざわざこんな事を言っているんだろ。  何も、自分の言葉でとどめ刺さなくてもいいのに。 「別に……諦めなくても、いいんじゃない?」  無責任なことを言う塚本に唖然とした。 「『無理』とか言っといて『諦めなくてもいい』って、それすっげぇ無責任じゃねぇ? 諦めないってことは、オレが塚本のこと好きでいるってことだぞ。それの意味分ってるのか?」  塚本は全然分ってないと思う。  だから簡単にそんな酷い事が言えるんだ。  オレだって人間だし、いつかは好きでいるだけじゃ嫌になるかもしれない。  そうなった時、お前は責任取れるのか?  取れないだろ。 「さっき俺が無理って言ったのは、一種の確認…みたいなもので、結論じゃない」  オレが睨んでも、塚本は全く怯む様子もなく、淡々とそう言った。  確認、って何だよ。  意味分んねぇよ、塚本。 「瀬口こそ、意味分ってんの?」  オレがした質問を返されてしまった。  相変わらず、何を考えているか全然読めない表情だ。 「その前に……俺のこと欲しいって言ったの、冗談じゃなかったのか?」 「あんなの、オレが塚本の事好きだっていうのを誤魔化す為に付いた嘘だよ」 「嘘か……」 「嘘だよ」 「じゃあ、俺が欲しいって言うのが本当?」  う……。  塚本を好きだという事がバレてもいいと思ったけど、吹っ切れ方が甘かったようだ。  改めて訊かれると塚本を直視できないし、まともに答えられない。 「瀬口はさ、俺のことが好きで欲しいって意味、分ってんの?」  そんなのいちいち訊くなよ。  しかも二度目だ。 「……分かってるよ」 「本当に?」  塚本はしつこく訊いてくる。  あまり念を押されると、ちょっと不安になってくる。  これは疑われているのか?  オレの、塚本に対する気持ちを。  それって、ちょっと酷いんじゃないか?  好きで欲しいの意味が本当に分っていて、オレが本気だったらお前はどうするんだよ。  塚本はオレの隣に座っているから、今の目線は殆ど同じ。  ちょっと身を乗り出すくらいで簡単にキスできた。  と言っても、今時幼稚園児でもするようなコンマ何秒程度の接触だったけど。  それでもオレにとっては物凄い積極的な行動で、唇を離した後にどうしようもなく恥かしくなってしまった。  全身に響く自分の心臓の音が、びっくりするくらい煩い。  塚本は全然普通なのに、オレの方が動揺してどうするんだよ。 「……こういうコトだろ?」  何か言わなければ、と何とか声を絞り出した。  顔を真っ赤にして強がっても情けないだけだ。  それよりも塚本の反応が気になる。  怒ったかな? それとも呆れた? 「キス、下手だな」  塚本の第一声はそれだった。  本人目の前で、しかも至近距離で。 「ちょっと掠った程度で判断するなよ!」 「……そっか」  笑いやがった。  薄笑い浮かべてオレを見ている。  オレを馬鹿にしてんのか? 「悪かったな、下手で!」  そりゃ、オレは「上手い」って明言できるほどじゃないよ。  掠った程度で赤面するようなお子ちゃまだよ。  でも、そう言うお前はどうなんだよ、塚本!  と、言ってやろうとしたら、肩を抱かれて視界が反転した。 「悪くない」  塚本の言葉が上から降ってくる。  引き寄せられるようにして態勢を変えられた事に驚いて、もがく前に硬直してしまった。  キスされてるよ、オレ。  しかも塚本に。 「……っん」  さっきのお子ちゃまチューとは比べ物にならない。  塚本の舌が口を割って入ってきて、信じられないくらい深く口付けられた。  唾液の交じり合う、それだけの音に麻痺しそう。  ゆっくりと唇が離れて、同じ速度で咄嗟に塚本の服を掴んでいたオレの手からも力が抜けた。 「大丈夫そう?」  放心状態のオレに、塚本が問いかけてくる。  何がかはよく分らなかったけど、とりあえず頷いといた。  ぼーっとしていて、ちゃんと頷けたかも怪しいけど。 「俺、無理じゃなさそう?」  何でそんな事を訊かれるのか分らないまま、今度は二回頷いといた。

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