25 / 226

第25話 余計な所から問題定義-2

 その子は視線をオレから塚本に移して、意味あり気に微笑った。 「へー」  安達たちの知り合いということで大体予想はしていたけど、塚本とも知り合いのようだ。  塚本はその子を見て、軽く会釈をした。 「また一年生をやるって聞いてどうしているかと思えば、結構楽しそうじゃない?」  彼女は、さっきまでオレが座っていた塚本の向かいの席に手を付いて言った。  いつもと変わらない学食なのに、異様な空気が漂っている。  たった一人、違う制服を着ているコがいるだけで、学食中の視線がそこに集中している。  なにしろ、その制服っていうのがセーラー服なのだから当然の事だ。  男ばかりの中に女の子が一人。  とても目立つ。  今日は半日で学校が終わるから生徒が少ないけど、普段だったら大騒ぎになっているに違いない。 「誰?」 「瞳子でーす」  隣の塚本に小さめの声で聞いてみたら、その声は彼女にも聞こえていたらしく、明るめに答えてくれた。  感じの良い人だ。 「なんで、こんな所にいるんですか?」  何か特別な用でもない限り他校になんて行かないし、何よりウチみたいな男子校に女の子が一人で来るなんて珍しすぎる。  なんとなく年上っぽいから、質問も敬語にしてみる。 「それは、俺も聞きたい」  オレが言わなかったら訊かなかったんじゃないか、というくらいのやる気の無さで塚本が言った。 「今日で試験終わりなんでしょ? 遊ばない?」 「遊ばない」  瞳子さんの申し出を、塚本は全く考えもせずに却下した。  そんな扱いに腹を立てることもなく、瞳子さんは苦笑して髪に手櫛を通した。  背中まである長い髪がサラサラと揺れる。 「分ってるって、デートなんでしょ?」  瞳子さんはやんわりとした口調で、とんでもない事を言い切った。 「紹介してって言ってんの。新しい彼女を」  そして爆弾投下。  は?  何ですか、その話。  塚本に彼女?  驚いたオレが塚本の方を見ても、特に否定するような仕草も言葉も見受けられない。  塚本に彼女がいたなんて、全然知らなかった。 「いるんだ……? 彼女」  動悸がうるさい。  今の質問、ちゃんと言葉になってるのか自分じゃ分らないくらい、うるさい。  本当は聞きたくない。  けど、知っておかなければならない事だ。  もし本当にいるんなら、オレが知らなかったのって酷くないか? 「彼女、という言い方はしないと思うけど、いる」  躊躇う様子もなく、塚本は淡々とそう言った。  ああ、そうかい。  塚本に彼女がいるのも、それを知らなかったのも、すっげぇショックだ。  それくらい、言ってくれてもいいのにな。  つーか、普通は言うだろ。  いつからいるのか知らないけど、オレにキスまでしといて報告無しかい。  オレにとっては、とんでもない出来事だったけど、お前には大した事じゃなかったんだな。  でもな、いくら自分のことは話さないって言っても、そのくらい教えとけよ。  びっくりして泣きそうになってるよ、オレ。  どうしてくれんだよ、塚本。 「何それ、随分遠回しな言い方」  不満気に瞳子さんが言った。  本当に何だよ、それは。  はっきりしろよ。  非難の意味を込めて塚本を睨んでやったら、目が合ってしまった。  何でこっち見るんだよ。  怯むことなく睨み続けていたら、塚本の手がこっちに伸びてきた。  睨んだから気を悪くさせて叩かれるのかと身構えたら、その手はオレの頭の上に軽く乗った。 「相手、瀬口だから」 「……はぁ?」  この場にいる人間の中で、他でも無いこのオレが一番驚いていると思う。  と言うか、安達も仲井も特に驚いてないから、知らなかったのはオレと瞳子さんだけだったようだ。  ちょっと待て。  この場合、オレが知らなかったって言うのは有りえないだろ。  「相手」と言うのは瞳子さんの言う所の「彼女」のことで、つまり塚本と付き合っている人の事なんだよな?  塚本は、それがオレだと言う。  冗談か?  三人で何か企んでいるのか?  その可能性が一番高いぞ。 「本人、めちゃめちゃ驚いてるんだけど、本当に付き合ってんの?」 「そのつもりだけど」  塚本は瞳子さんの疑問を、オレに追い討ちをかけるような言葉で返した。  あまりにも現実味の無い状況に、頭が真っ白になる。  お前がそんなつもりだったの、全然知らなかったぞ、オレは。 「疑うなら俺たちが証人になるよー」 「おっ、任せとけ。塚本となっちゃんの愛の日々を余す所なく伝えましょう」  だから、オレと塚本がいつ愛の日々を送ったんだよ!?  いい加減なこと抜かすな、そこの二人組! 「あ、あのさ、これって何の企み?」  安達と仲井が、手が付けられないくらい盛り上がる前に、何とか言葉を挟むことに成功した。  成功したのは言葉を発する事だけで、間抜けな質問しかできなかった。  四人分の視線が一気に集まって痛いくらいだ。 「え? 誰か何か企んでんの?」  本気なのか演技なのか分らないけど、皆を見回しながら仲井が言った。  惚けているのか? 「誰も、何も企んでない」  いつもと変わらない落ち着いた口調で、塚本はこちらを見てそう言った。  本気っぽい。  そうやって塚本が真顔でいる程、オレはどんどん追い詰められていく。 「………あ…オレ、ちょっと……行ってくる」 「どこに?」  ここには居られなくて、立ち去ろうとしたオレを塚本が引き止めた。  どこに、って聞かれても困る。  ただ、ここにはいられないというだけだから。 「頭、冷やしてくる」  それだけ言ってオレはその場から慌てて逃げ出した。  知らなかったじゃ済まされない展開に混乱しまくりの頭は、新鮮な空気でも与えてやらないと全然使い物にならなくなっていたから。

ともだちにシェアしよう!