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第29話 唐突な意思表示-2
まずは、肩を掴まれた。
それから髪を梳くように後頭部に手があてがわれて、訳も分からないうちに唇を塞がれた。
今までの話とは真逆な流れに、頭も身体も付いていけない。
「……っ!」
やっと我に返ることができたのは、服の裾から滑り込んだ塚本の手が脇腹を撫でた時。
しかも、その手に明らかな意思を感じて焦った。
「ちょっ……」
このままではヤバい、と思って僅かに唇が離れた隙に発した言葉ですら、再び重ねられた唇に呑まれてしまう。
ジタバタと抵抗しているつもりだけど、塚本にとっては許容範囲内のようだ。
その証拠に、キスは確実に深くなっている。
もうどうでも良くなってきた頃、散々オレの呼吸を妨害していた塚本の唇は名残惜し気に離れていった。
呆然としながら、目の前の塚本を見た。
肩で息をするオレを見る塚本は、何故か少し楽しそうだ。
これは何だ?
ドキドキする心臓の音を聞きながら、乱れた呼吸を整えようとした。
言うことがあった筈だ。
今のちょっとの間に色々な事が頭の中を駆け巡った筈なのに、何一つ言うべき言葉が出てこない。
やっと落ち着いて考えられる、と思ったのはほんの一瞬で、首筋から胸元を這う塚本の吐息に感じて、ゾクリと何かが全身を走った。
「何す、ん……っ」
自分の身体に起こっていることなのに、一体何をされているのか混乱しすぎて全然分らない。
塚本の手や唇が撫でるように這うのが、本当にオレの身体なのかも分らなくなる。
このままだと間違いなく……。
「本当にちょっと待て、塚本! お前何考えてんだよっ!!」
数分後の自分を思い浮かべた瞬間、青褪めて渾身の力が出た。
残された力を全て注ぎ込んで、胸元に顔を埋める塚本の髪を引っ張って顔を上げさせた。
塚本の顔が上がって至近距離で目が合ってしまった。
今まで見た、どの表情よりも艶っぽい。
ただでさえドキドキしている心臓が、壊れるんじゃないかと思うくらい更に大きく脈打った。
「……かもと」
「何?」
絞りだした声に律儀に答えられてしまった。
しかも耳元で。甘噛みのオマケ付き。
全身が震えて、どうしようも無くなってしまった。
でも……。
「『何?』じゃない!!! いいから離れろ!!」
力の限り塚本を押し返して、今度こそ呼吸を整えようとした。
本当に渋々というようにオレから離れた塚本は、それでも僅かに触れるくらいの位置にいる。
やっと落ち着いて、自分の状態を知れるようになったらなったで硬直してしまった。
もし壁との距離がもっと遠かったら完全に押し倒されていただろう、という中途半端な態勢。
いつの間にか、ワイシャツのボタンは腹が見えるくらいまで外されていて、肩も外気に晒されている。
あんなちょっとの間になんて手際の良い…って感心している場合じゃない!
こちらを見る塚本を睨みつけながら、慌てて服を肩まで掴み上げた。
「着るの?」
手が思うように動かなくてなかなかボタンが留められないでいると、そんな信じられない言葉を掛けられた。
「当たり前だろ」
オレが怒り混じりに言うと、塚本は残念そうに「そうか」と呟いた。
何を考えているんだ、この男はっ!
「したい様に、って言ったのは、オレの身体を好きにしていいって意味じゃないぞ!」
念を押すのも馬鹿馬鹿しいけど、こういう勘違いをされたとしか思い付かない。
じゃなかったら、塚本がオレにこんな事をする訳がないし。
「もう、オレなんかに構わなくていいって意味で……」
ボタン留めようとして俯いていたら泣きそうになってきたから、留めるのは諦めた。
最後だから、とか思えたら楽なんだけどな。
最後なのに未練引きずるような事されて、ちょっと痛い。
「でも、瀬口を抱きたいと思ったから」
そんな現実感の無い言葉が聞こえて、反射的に顔を上げて塚本を見た。
今のオレは、とんでもなく間抜けな表情をしていると思う。
意表を付けばいいってもんじゃないぞ、塚本。
だけど、そんな出任せでも効果は十分すぎるくらいある。
現に、オレは若干パニック気味だ。
「う……っと、『挿れられればいい』ってやつ?」
「違う」
真剣に否定された。
いっそのこと肯定してくれた方が分りやすかったのに。
それはそれで最低だけど。
「瀬口だから」
更に追い討ち。
お前、どこまで本気なんだ?
「だってお前、オレの事なんて好きじゃないくせに」
「やっぱり、瞳子に何か言われたな」
当っているけど、確信がありすぎるのが気になる。
「違う」
「気遣わなくていい。そんなこと言うの、瞳子くらいしかいないから」
「……よく知ってるんだ」
元カノなんだから当然なのだろうけど、あまり愉快じゃない。
こんな小さなことを妬んでいる自分も好きじゃない。
「俺の周りはみんな、俺が瀬口のこと好きなの、知ってるから」
塚本のことは好きでずっと一緒にいられたらいいと思うけど、そういう想いに比例するように自分が嫌いになってく気がする。
塚本のは無理でも、せめて自分の気持ちくらいは思い通りに動かせたらいいのに。
そうすれば……。
「………う?」
あれ?
今、何か言ってなかったか?
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