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第30話 唐突な意思表示-3
「好きって、言った? オレのこと」
「言った」
「……嘘だぁ」
「本当」
ゆっくりと塚本の手が伸びてきて、オレは反射的に身構えた。
何されるのかと思ったら、オレがさっき諦めたボタンを留めようとしている。
「好きだよ」
塚本の行動と言動の二段攻撃が、オレの時間を見事に止めた。
せめてもの救いは、ボタンは外されているのではなくて留められていると事。
「伝わっていると思ってたけど、違ったみたいだ」
そう言って、塚本は二つ目のボタンに手を掛けた。
「そんなの、言われなきゃ、全然っ……」
「ん。反省してる」
反省?
そんなもの、いらない。
今更されても、オレの焦燥とか困惑とか落ち込みとかに費やした時間は取り戻せないし。
「も、いいよ」
情けなさ過ぎる状態から抜け出す第一歩として、ボタンを留める権利を塚本から奪い取った。
人にしてもらうのって落ち着かない。
「瀬口、男とヤるの嫌いみたいだから、遠慮してた」
あっさり言うけど、それは好きとか嫌いとかの問題じゃないだろ。
普通は男となんてしないし、考えるような事態にもならないんだって。
「さっき、許しのようなものを貰ったから、行動に出てみたんだけど、やっぱり駄目だったな」
この上なく残念そうに言われて、背筋がゾクッと冷えた。
「つまり、お前は今まで、そういう機会を狙っていたという事か!?」
「当然って言ったら、怒る?」
ケダモノがいる。
オレの目の前にケダモノがいるっ!
と言うか、許しなんて出してないし。
「とっ、当然で堪るかっ」
そんな風に見られていたなんて、考えもしなかった。
オレが散々悩んだ「好き」が、あまりにも幼稚に思えてしまう。
全く「大丈夫」なんかじゃなかった。
ボタン留めを奪われて手持ち無沙汰になったらしい塚本の手が、ポンと大混乱状態のオレの頭に乗った。
これ、何気に結構されているんだけど、子ども扱いされているのかな。
「でも、本当」
頭に乗せられていた手は、顔の輪郭に沿うようにして顎に掛けられた。
今度は目を瞑る余裕があった。
あったけど、このまま流されている場合じゃない。
頭の片隅に残っていた爪の先程の冷静さの力で、オレは塚本から顔を背けることに成功した。
完全に酔いが回る前だったけど、名残惜しいと思っていたのは誤魔化し様のない事実だ。
展開の速さについていけないので落ち着きたい気持ち半分、このまま流されても良いと思う気持ち半分。
いや、ダメだ。
流されて溜まるか。
キスを中断しても、塚本に追ってくる様子はない。
もしかしたら、怒らせてしまったのかも。
「あの……塚本のことは好きだし、キス、とかされんのも結構……好きかも、なんだけどさ……」
オレは一体何を口走っているんだ。
頭が動いていない時は下手に喋らない方がいいと分かっているのに、口が勝手に動いてしまう。
「今は、ちょっと、混乱してて……」
そこまで言って、後に続く言葉が出てこない。
自分の気持ちを言葉にするには、何もかもが突然すぎた。
今頃になって、前に塚本がこの部屋で「無理じゃなさそう?」って訊いてきた意味が分かったような気がした。
あの時はとりあえず頷いといたけど、簡単に頷いてはいけなかったんじゃないだろうか。
気持ち的には無理ではない。
ただ、実践できるかは全くの別問題なんだよ。
今だって、腹を這う塚本の指の感触を思いだしただけで、逃げてしまいたいくらい恥ずかしい。
「今はまだ、そういうのは……」
段々と小さくなる声と共に、オレの顔も下を向く。
このままだと、せっかく塚本が「好き」と言ってくれたのに見捨てられてしまう。
きっと塚本はこんな面倒くさい人間は嫌いだ。
そう思った途端、なんだか恐くて泣きたくなってしまった。
「……ごめん」
と、卑屈にも謝罪の言葉が口をついて出ていた。
自分でも、何に対して謝っているのかよく分らないけど、多分、拒んだことに。
告白しておいて拒むって、性質悪すぎ。
何考えているのか分からないのは、オレの方かもしれない。
「いいよ。俺、気は長いから」
怒っている、なんてとんでもないくらいの優しい口調。
顔を上げると、塚本と目が合った。
「瀬口から誘ってくれるようになるまで、待つから」
「なるかっ!」
オレの事を考えて気遣ってくれているんだぁ、なんて感動して損した。
こんな時に人をからかいやがって。
そう言えば、塚本ってこんな奴だよな。
真顔で、とんでもない事さらりと言うんだ。
チラリと塚本を見ると、自分を怒鳴ったオレに向けてやや満足げに微笑んでいた。
ゴチャゴチャ考えていたのが全部吹っ飛んでしまうくらいの、あまりにも柔らかい表情で。
どうしてそんなに楽しそうなのかは分からないけど、オレが見捨てられる事はなさそうな雰囲気で安心した。
ほっと胸を撫で下ろしながら、ふと引っかかった。
あれ?
もしかして、これは本当に「付き合っている」という事なのか?
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