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《番外》塚本の言い分 -1【塚本】
○ 19話と21話の間で塚本が何をしていたかという話です。
○ 塚本視点。
「じゃあ、塚本がいいな」
最初は幻聴かと思った。
それから、もしかしたら自分の訊き方が悪かったのかと思った。
「誕生日に何が欲しい?」という質問に対してあまりにも異色な返答。
塚本誠人は、数秒前の瀬口奈津とのやり取りを思い返した。
「いいよ。くれるなら何でも」
誕生日に何かプレゼントがもらえると思い、瀬口は嬉しそうにそう言った。
楽し気な表情が向けられて、過剰に期待されていると感じた。
「うん。でも一応聞いとく。何か希望ある?」
「希望……?」
「欲しいものとか」
訊くと、瀬口は黙り込んでしまった。
真剣に考えているようだ。
一生懸命に考えるその姿が、やけに幼く見えて微笑ましく思えた。
金銭的な問題はあるが、望む物があるのなら叶えてあげたくなる。
「無いならいいけど」
「言ったら、何でもくれるの?」
希望を聞くのを諦めようとした所で、瀬口が意を決したように顔を上げた。
欲しいものが浮かんだようだ。
さきほどまでの、プレゼントを楽しみに心躍らせている表情とは違っていて、何か大きな要求をされるのではないかと心配になる。
「出来る範囲で」
釘を刺すつもりで付け足すと、瀬口は少し困ったように笑った。
そして、冒頭の瀬口のセリフに戻る。
弓月に襲撃された安達の見舞いの後、柔道部の部室で時間を潰していたところ、誕生日の話題になり、今に至る。
話を振ったのは塚本だったが、思ってもいなかった答えが返ってきたため意表を突かれた。
若干の困惑に押されつつ、塚本は確かめるように口を開く。
「……俺、欲しいの?」
何度反芻しても落ち度が見付からず、「まさか」と思いながら確認を込めて訊ねることにした。
「うん」
目の前に佇む同級生が迷わず頷くので、塚本はますます困惑してしまった。
欲しい、とはどんな意味なのだろうか?
恐らく所有物になれという事なのだろう。
つまりこれは、普通に考えて告白に分類されると思って良さそうだ。
(告白?)
告白される事は初めてではない。
塚本が今まで付き合った相手は、全て向こうから言われている。
ちなみに、男女問わず告白されて断ったことは一度も無い。
しかし、今回の場合はどうも素直に受け取りがたかった。
相手は瀬口なのだ。
「それは、無理かな」
結論ではなかった。
今までの瀬口の言動をふまえた上での、率直な感想。
(だって、無理だろ?)
押さえつけられただけで涙を流して、未遂と既遂の違いを熱く主張する瀬口だ。
どんなに上手くても男とはヤりたくない、ときっぱり名言している瀬口が、塚本に告白などするだろうか。
もしここで塚本が承知したとしたら、どちらにせよ先に待っているのは瀬口にとって忌まわしい未来のみだ。
(それとも、気が変わったのかな)
あれから2ヶ月程度しか経っていない。
そんなに簡単に変われるものだろうか。
「無理だろ?」
もう一度確認をした。
遠回しな拒絶に聞こえたかもしれない。
それでもいいと思った塚本は、何も付け足さなかった。
瀬口は笑って「冗談だ」と言った。
やけに渇いた笑いが気になったが、瀬口が言うのだからそうなのだろうと納得することにした。
(冗談か……)
当然と言えば当然なオチだ。
(瀬口はそんな事を言う奴だったのか)
冗談では済まされない場合もあるというのに。
やはり瀬口は危ない。
隙が多すぎる。
本人がこんな調子では、またいつ危険な目に合うか分からない。
そんな心配をしながら、塚本は自分の変化に気付いた。
誰かをこんな風に思うなど、人となし崩し的に付き合っていた塚本にしては珍しい。
(だからか)
今更ながら、さきほどの自分の言動に納得した。
いつもならば、何も考えずに承知していたであろう瀬口の「望み」を、今回は慎重に判断しようとした意味を。
「まさか」には否定と期待が混ざっている。
否定には瀬口の意思が尊重され、期待には塚本の希望が含まれている。
後者は本当に珍しいことで、塚本自身にも戸惑うところが大きい。
だからだろうか、期待を振り払い否定を選んでしまったのは。
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