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第31話 夏休みはソーダ味 -1
夏休みは容赦なく暑い。
そして、長いようで短い。
この夏のオレは、いつもとは違う。
気が付いたら夏休みは終わっていました、では済まされない大きな使命を背負っているのだ。
「離れが自分の部屋なんていいなぁ」
夏休みの課題消化という目的で塚本家を訪れたオレは、離れの玄関で靴を脱ぎながら何となく気になっていた事を口にした。
ただの離れではない。
トイレに風呂に、簡単な台所もある。
もちろん、冷蔵庫もエアコンも完備している。
単純に羨ましい。
短い廊下を通って、居間となっている和室に通される。
部屋は他にもあるようだけど、塚本は主にこの部屋を使っているようだ。
「元々は、じいさんが住んでいた所」
「そうなんだ!」
古い卓袱台の近くに腰を下ろしながら妙に納得した。
子供部屋にしては上等すぎる。
畳に襖に、背比べが出来そうな柱。そして年期の入った卓袱台。
昔の日本家屋の造りは、隠居後に住む場所だと言われればそれ以外に思えなくなる。
なるほど、なるほど。
お祖父さんが住んでいた所か。
……あれ、過去形?
「去年、亡くなった」
「……そうなんだ」
軽い気持ちで振った話題がまさかの着地をした。
訊いてはいけない事だったのかもしれない、と後悔したのは、塚本の声のトーンが暗くなったから。
「なんか、ゴメン」
「大丈夫」
思わず謝ったオレの頭に塚本の手が乗った。
「気にしてないよ」という意味だと、勝手に解釈する。
顔を上げると、塚本と目が合った。
申し訳無い気分のオレとは対照的な、穏やかな表情だ。
穏やかなのは良いが、どういう感情なのかは不明。
一応、「好き」とは言ってくれたので好意はあると思う。
しかし、オレの事を犬や猫と同じように思っている可能性もある。
そこでだ。
どうしてもはっきりさせなければならない事ができてしまった。
それは、オレと塚本は付き合っているのかどうかを確かめる、というものだ。
とても簡単な事のように聞こえるかもしれないが、当事者にとってはとてもハードルの高いミッションだ。
あの時、塚本は食堂で「付き合っている」と言っていた。
自覚のないオレは、それを勘違いだと思い込んだ。
その後に「好き」と言われてキスして、オレが誘うまで待つと言って笑っていた。
順番が前後していて、現状の関係が把握できていないのだ。
そして何より、塚本の言動がどこまで本気なのか知らなければならない。
だが、迂闊な質問をして「誘っている」と思われては困る。
いや、困らないけど。
それとこれとは話が別なので、やっぱり困るか。
そもそも、「誘う」とは何なんだ。
学校の帰りに本屋に行こう、というのとは全く別物だという事は分かる。
塚本に対して「準備万端、いつでもどうぞ」という意思表示をしろという事だろう。
手を繋ぐのですら躊躇って断念するようなこのオレに、そんな芸当ができる訳がない。
突然の至近距離にも、動揺しまくって大慌てだ。
何しろ、好きな相手だからな。
二人きりの空間にもまだ慣れないというのに。
「瀬口」
オレの頭に手を乗せたままの塚本が、覗きこむようにして囁く。
「何から、する?」
「え!?」
思わず大声を出して距離を取ってしまった。
考えていた事が漏れてしまったのではないか、と慌てて頭を押さえる。
今まで塚本の手が乗っていた所だ。
塚本の質問の意味を考えて、頭の中が混乱してグルグルと回る。
不埒な事を考えていた事がバレたのなら気まずすぎる。
一体、オレは何からしたら良いんだ!?
と、軽くパニックになっているオレを見た塚本が、フッと笑った。
「課題、どれからする?」
塚本にしては珍しく、丁寧に言い直してくれた。
「あ」
そりゃそうだ、と我に返る。
使命を背負っているのはオレだけで、塚本はただ単に課題をしようとしているだけなんだから。
「別に、他の事でもいいけど」
「え!?」
気が付くと、距離を取った筈の塚本が目の前にいた。
と、思った直後には、すっぽりと抱きすくめられていた。
「あ、暑くない?」
気温はもちろん、体温も含めて訊いた。
「暑い。けど、心地良い」
耳元でそう聞こえたと思ったら、すぐに濡れた感触が耳朶を這った。
「!?」
驚きのあまり硬直する。
声も出ないくらいの衝撃で、頭が真っ白になった。
感触は首筋から鎖骨に移動していく。
「んっ」
擽ったさと恥ずかしさで背筋に何かが走って、塚本のTシャツを掴んだ。
これ以上されるとどうにかなりそうで、止めて欲しいのと、離れてほしくないのと、好きという気持ちが溢れそうで胸が痛い。
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