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第32話 夏休みはソーダ味 -2

 顔を上げた塚本の表情は何だか楽しそうで、若干苛ついた。  オレがあたふたする様を見て、面白がっているとしか思えない。  睨んでやると、困ったように苦笑してゆっくりと顔が近づいてくる。  唇と唇が触れるかどうか、という絶妙な間合いで、それは唐突にやってきた。 「アイス持ってきたー」  勢いよく開け放たれた襖から現れたのは、Tシャツにハーフパンツの元気な小学生だった。  短い髪と日に焼けた肌が、実に夏らしい。  さきほど、塚本家の庭先でばったり会って紹介されたばかりの、塚本の弟の尚糸だ。  小学6年生だと言っていたか。  塚本も小学生の時はこんな感じだったのかな、という見た目で可愛らしい。  イヤ、塚本が小学生の時は、きっとこんなに溌剌とはしていないな。  何となくだけど。若干失礼だけど。  その元気すぎる声に、脊髄反射で塚本を突き飛ばしていた。  タイミング的に確実に見られているだろが、そのままの態勢でいられる筈がない。 「邪魔した?」  オレと突き飛ばされた塚本の様子を察した小学生は、棒付きアイスを片手に首を傾けた。  動揺していないのが末恐ろしい。 「そんな事はない!」  力一杯否定する。  その否定も反射的に出ていたものだ。 「いや、でも、後ろの人めちゃ怒ってる顔してるけど」  尚糸の言う「後ろの人」は兄の事だ。  多分怒っている。  けど、その顔を確かめるのが怖くて振り向けない。 「まぁ、とりあえずアイス。溶けないうちにどーぞ」  ひんやりとしたビニール袋を差し出しながら尚糸が言う。  中身は、尚糸が手に持っているのと同じアイスだろう。 「ありがとう」  受け取った袋から棒付きアイスを取り出して、後ろで尻もちをついているであろう塚本に渡すべく振り向いた。 「はい」  冷たい物を渡しているのに、何だか熱く感じてしまう。 「ああ」  言葉は短かったけど、怒っているような雰囲気はない。  いつも通り、かな。 「兄ちゃんが好きなやつなかったけど、それでいいよな」  アイスの種類の事を言っているようだ。  塚本にも好きなアイスがあるんだなぁ、とどうでも良い知識を得て少し嬉しくなる。 「ああ」  尚糸の言葉にも、またしても短い返事。  これは、省エネモードかな。 「オレ、これから遊びに行くから、家に誰もいなくなるよ」 「分かった」 「じゃ、よろしく」  尚糸の用件はそれだったらしい。  母屋が留守になる、とわざわざ伝えにやってくるなんてちゃんとした子だ。  そのついでにアイスの差し入れとは、小学生にしては気が利きすぎているような。  ヒラヒラと手を振って、今度はゆっくりと襖を閉じて行った。

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