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第33話 夏休みはソーダ味 -3

 そして、再び二人きりになる。  暫しの沈黙の後、せっかく頂いたアイスを食べる事にした。  パッケージの封を開けて中身を取り出す。  綺麗な水色をしたソーダ味のアイスだ。  夏の空みたいな爽やかな色で、暫し暑さが遠のく。 「塚本の好きなアイスって何?」  一口目をかじりながら訊いた。 「さっき尚糸が言ってたから。今度来る時買ってくるよ」  ソーダの甘い味とキーンとする程の冷たさが口の中に広がって、少し顔が歪む。  ついさっきまで暑くて熱くてどうしようもなかったから、クールダウンに丁度良い。 「みかん」 「みかん!」  塚本がぽつりと言った返答が予想外で、大きな声で繰り返してしまった。  まさかの、みかん。  もっと単純なバニラとかチョコとかを想像していただけに、柑橘系が返って来るとは思っていなかった。 「何?」  ヘラリと笑ったまま戻らなくなったオレの顔を見て、塚本が不審そうに訊く。 「いや。いいよな、みかん。オレも好きだ」  今食べているソーダ味もいいけど、みかん味も無性に食べたくなってしまった。 「瀬口」  呼ばれて、反射的に顔を向けた先に塚本の顔があった。  さっきの再現のような近さは一瞬で、緩んでいた口元は簡単に塞がれていた。  冷たいアイスのシャリシャリとした舌触りはあっという間に消え去り、すぐに絡み付くような熱さに変わる。 「ん……っ」  力が抜けてアイスを落としそうになった手を掴まれた。  塚本の長い指がオレの指と指の間に割って入ってこようとするので、やっぱりアイスは落下の危機にある。  キスの衝撃が気持ち良さに変わった頃、濡れた音を立てて唇が離れた。 「美味いな」  塚本の第一声はそんな一言だった。  ……何が。  放心状態のオレの手から、するりとアイスを奪った塚本は上機嫌に微笑んでいる。  オレがひと齧りした所をペロリと舐めると、まだ開けていないアイスを渡してきた。 「何で?」  同じ味なのに、わざわざ交換する必要があるのだろうか。 「なんとなく」  答えになっていない返事をした塚本は、溶け始めて指を伝うアイスを舐め取った。 「瀬口のものを食べたくなった」 「何だよ、それ」  呆れ半分、照れ半分の状態で、無意識に唇に触れた。  さっきまで、塚本の唇が触れていた所だ。  あー。  思い出すと体温が上がる。  キスをするのは付き合っているから、と思って良いんだよな。  な?  何事も無かったかのようにアイスをかじる塚本を、穴が開く程じーっと見る。  心の中で念を押しても、届く筈がないことくらい分かっている。  それでも、口に出す事はできなくて、眉間に皺を寄せるのが精いっぱいだ。 「瀬口」 「何?」  睨んでいたから怒られるのかな、と思ったけど、こちらを向いた塚本の表情にはそういう感情は無さそうだ。 「あまり見られると、勃つから」  さらりとそんな事を言うので、一瞬意味が分からなかった。 「た……?」  言葉を理解して、更に混乱する。 「オレで!?」  間抜けな言葉が口から飛び出て、再びドキドキが止まらない。  オレなんかでそんな状態になるなんて、塚本の精神状態はどうなっているんだ。  凝視しただけでそのような事になるとは、にわかには信じられない。 「好きで、付き合っている相手なんだから、当然だろ」  下半身の心配なんて全く無いような爽やかな笑みを浮かべた塚本が、何故かこんなタイミングでオレの疑問を解決してくれた。  聞きたいのに聞けなかった、オレと塚本の関係性。  当然のように「付き合っている」と言ってくれた事が嬉しくて、どうしても顔が緩む。  と同時に、やはり考えている事を読まれているのではないか、と新な疑問が浮かんでしまう。 「……今後、気を付けます」  赤くなっているであろう顔ごと視線を逸らした。  塚本の口からはっきりと言われて、思っていた数倍恥ずかしい。  加えて、今の会話の内容もかなり恥ずかしい。 「いいよ。俺も見るから」 「それは、ちょっと……」  止めてもらいたい。  と、本気で遠慮した所で、手に違和感を覚えた。  先ほど、塚本と物々交換をしたアイスだ。  一連の恥ずかしい出来事で、思わず握り締めてしまっている。 「あー……」  きっと、袋の中で溶けてしまっていることだろう。  情けない気分で封を開けて、中身を取り出す。  さっきのものよりは若干溶けているようだけど、形は十分保っている。  本日最大の成果を得てしまい、もう課題どころじゃないな、とぼんやりしながら口の中に広がるソーダの甘さを味わった。

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