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第34話 危機は再びやってくる -1

 夏休みが終わると、そろそろ文化祭の話題が上がるようになった。  高校に入って初めての文化祭だし、多かれ少なかれ楽しみにはしている。  けれど、自分が文化祭実行委員なんてものになってしまうと、「楽しみ」の前に「忙しい」という方に全神経が集中してしまう。  何の因果か、オレはその実行委員をやる羽目になってしまった。  各クラスから最低2名選出しなければならないのに、誰も立候補者がいなかったのだ。  早く決まらないかなぁ、と他人事に構えていたら、誰かがオレを推薦しやがった。  オレも「別にいっか」くらいの気持ちで引き受けてしまった。  それが、夏休みの少し前の話。  9月になってから、毎日のように委員会の集まりがある。  はっきり言って面倒だ。  文化祭が近づくにつれて狂ったように忙しくなってくると言うし、こんな事なら断っておけば良かったと、本番を前に既に後悔している。 * * * 「それじゃ、今日の打ち合わせはこれで終わり。後は各班の仕事を進めて、適当な所で引き上げてください」  広めの教室に文化祭実行委員長の声が響いて、集められた実行委員達が各々の持ち場に散らばっていく。  ほぼ毎日行われる文化祭実行委員会議。  最初の30分くらいは全体の連絡に使って、それが終わると各自の作業に移る。  実行委員は、役割ごとに大まかに幾つかの班に分けられていて、大抵の時間は班ごとの作業になる。  ちなみにオレは広報班。  と言っても、できる仕事なんて雑用しかないけれど。 「瀬口ってさ、結構器用だよな」  当日に配るパンフレットを綴じているオレの横で、同じクラスのもう一人の実行委員である森谷が呟いた。  ただ紙を折って、ただホッチキスで綴じるだけの作業に、器用も何も無いと思うけど…。  と、思って森谷の手元を見ると、紙が不揃いのまま綴じられていた。 「森谷が不器用なだけだろ」  そのパンフを手にする人が気の毒に思えて、オレは森谷の手から出来損ないの一部を引き取った。 「いや、こうゆう作業が苦手なだけ。他の事ならそこそこ器用だぞ、俺は」  何か得意気に言っているけど、今役に立たないんじゃ意味ないだろ。 「森谷はさ、パンフ綴じより立て看班の方が合ってたんじゃないのか?」  見るからに体育会系の森谷は、その外見を裏切ることなく運動部員だ。  オレと違って力ありそうだし、力仕事の方が重宝されそう。  立て看板班は、当日に校門等に設置する看板や、イベント会場を盛り上げる看板を制作する班だ。  当然、制作する物は大きいから、それだけ体力が必要になってくる。  運動部の森谷にはうってつけだ。  こんなチマチマとした作業では、動きやすそうなTシャツの袖から覗く筋肉質な腕がもったいない。 「俺もそう思う。けど、こっちのが楽しそーって思って。瀬口いるし」 「んー? オレ?」  一度綴じた針を取りながらだったから、あまり話を聞いてなくて空返事だった。 「瀬口って、なんか見てると楽しいカンジなんだよな」 「楽しいかぁ?」 「結構」  そう言って森谷は笑っているけど、オレにはよく分らない。  一体何がそんなに楽しいのか。  同じクラスという以外の接点もないし、特別に話が盛り上がったという記憶もない。 「バカにしてんの?」 「誉めてんだよ」  その言い方、とてもそうには思えないけど。 「怒るなよ」  素直に納得しきれないでいると、森谷の腕がいきなり首に巻きついてきた。  びっくりして、反射的に振り払っていた。 「怒ってねぇよ」  全然怒ってなんかないから、いきなり密着してくんのは止めてくれ。  せめて、肩辺りに留めてくれ。  弱い自覚のある首がゾワゾワして、手で保護せずにはいられない。 「そーいう所が楽しいんだって」  森谷は、更に意味の分らないことを言って笑っている。  オレにしてみれば、そんな森谷の方がある意味「楽しい」けどな。  もちろん、「変な奴」という意味で。 「あっ! やっべぇ」  黒板の上に掛けられた時計を見て、森谷が突然叫んだ。  オレだけではなく、室内にいた全員の注目を集めるには十分な音量だ。 「どうした?」 「俺、ちょっと部活に顔出してこなきゃ」  森谷はガタガタと椅子を鳴らしながら、慌ただしく立ち上がった。 「すぐ戻って来れると思うし、俺の分の仕事残しておいてくれていいから」  オレにそう言ってから、森谷は物凄い勢いで出て行った。  おーい、誰も行っていいなんて言ってないぞ。  「待て」なんて、今更言ってもどうせ聞こえてなくて無駄だから止めた。  部活が忙しいのに実行委員引き受けるなんて、奇特な奴。  きっと、凄くやる気があるんだろうな。  偉いよな、森谷。 「堂々としたサボり方だなぁ」  森谷が去った後、オレの背後で感心しきった声がした。  今オレが作業をしている部屋は、最初に実行委員全員が集まる本部みたいな所だ。  最初の会議が終われば、ほとんどの実行委員は他の場所に移動してしまう。  ここに残るのは、オレたちみたいな作業にスペースを必要としない班か、全体を総括する責任者格の人たちくらい。  オレの背後の声の主は間違いなく、その責任者クラスの人。  振り向くと、実行委員長が腕を組んで、森谷が出て行った戸口を見やっていた。 「……渡部先輩」 「まぁ、元気があるのは良い事だからいっか」  オレの方を見て微笑む実行委員長は、前に化学室で会ったあの渡部先輩だ。  夏だというのに全く日に焼けてなくて、透けてしまいそうに肌が白い。  そして、相変わらず美人さんだ。  忘れられているかな? と思ったけれど、先輩はちゃんと化学室での事を憶えていてくれていた。  実行委員は面倒だけど、委員長が顔見知りなのは気分的にやり易い。 「彼は瀬口くんと同じクラスなんだよね」 「そうです」  オレが答えると、渡部先輩はニヤリと微笑った。  顔の造りが綺麗な人の、何かを企んでいるような笑みは恐ろしさ倍増だ。  先輩は、椅子に座っているオレに目線を合わせるように膝を折った。  それから、少し顔を寄せて潜めた声で言う。 「随分仲が良いみたいだけど、ひょっとして彼氏だったりする?」  あまりにもあり得ない質問をされて、否定するのが少し遅れてしまう。  大体、普通に「彼氏」という発想がおかしいです。 「違いますよっ」  何をどう誤解されたのか分らないけど、そんな風に思われていたなんてかなり心外だ。  しかも渡部先輩は、「えっ、そうなの?」って疑っているし。 「仲良いって言っても、同じクラスの範疇ですよ。実行委員になるまで、ほとんど話なんてしなかったんですから」  オレと森谷は、挨拶程度しかしないクラスメイトだった。  けど、委員会が同じになって色々話をしているうちに自然に打ち解けてきて、案外話しやすい奴なのだと分った。 「そっか、変な事言ってごめんね」  渡部先輩は、直ぐに誤解だと分ってくれた。  勘違いされたのは別として、しつこく勘ぐってこない辺りはさすがです。  向こうの方から「渡部、ちょっと」と先輩を呼ぶ声がした。  委員長は色々と忙しそうだ。 「じゃ、まぁ……だったら気を付けて、ね」  去り際に、さらりと渡部先輩が言ったそれは、オレの中では全くつじつまの合わないセリフだった。  今の会話の流れのどこに「だったら」が掛かって、何に「気を付け」たらいいんだ?  聞き直そうにも、先輩はすでに向こうに行ってしまった。  わざわざ後を追いかけて確かめる程でもないし。  まぁ、いっか。

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