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《番外》塚本の言い分 -3【塚本】

□ □ □ 「だって可愛いんだぞ。猫の肉球の間から飛び出ている毛を見た時に、ついついその足を握り締めたくなるカンジだ。最初は頭を軽く撫でるだけだったのが、気持ちよさそうにしているのを見ると、ついつい耳とか喉とか首とか背中とかに手が伸びていって、最終的にはしつこがられて噛まれるんだ」 「…それ、猫の話?」 「例え話」  まだ開けていない缶コーヒーを片手で弄びながら弓月が冗談めいた口調で言った。  確か最初は、藤堂との喧嘩の原因を話していた筈だ。  一体どこから猫の話になってしまったのだろう。  と言うより、弓月に猫を可愛いと思う感情があった事に驚く。 「小動物を見てるとさ、グシャグシャに撫でてやりたい衝動に駆られるんだ」  弓月は企むような笑みを浮かべ、グッと力を込めて缶を握った。  残念ながら、塚本にはそんな衝動に駆られた経験は無かったので、弓月の気持ちを理解することはできなかった。 「嫌がるのを無理矢理押さえつけて、これでもかってくらいに遊んでやるのが好きだな」  だから噛まれるんだ、と塚本は声には出さずに心の中で呟いた。 「これでもかってくらいに遊んで、それで彼織ちゃんに怒られたのか」  今の話をふまえて、喧嘩の原因を考えた結果そうなった。  その原因は今までで一番多い理由だ。 「怒られるの分ってるんだから、構うのをひかえればいいのに」  言った直後、頭部に弓月の拳が飛んできた。  本気ではなかったので意識はあるが、痛いものは痛い。 「あんな可愛いモンが目の前にあって構わずにいられるかっての!」  塚本の頭をグリグリしながら当然のように言い切った。  弓月の「彼織構いたい病」は重傷なのだ。  何かを「構いたい」と思う気持ちは塚本にもある。  ただ、それは弓月に比べれば大した欲望ではない。  弓月を基準に考えてしまうこと事態、間違った価値観を生んでしまうのだが、それもまた大した問題ではなかった。 「その気持ち、少しは解る…かも」  独白のように言うと、それを聞き取った弓月が驚いた表情を見せた。 「お前にも可愛くって構いたいモンが出来たのか」 「多分」  曖昧に答えた。  弓月の勢いが強すぎて判断に困る所だが、塚本にしては珍しい感覚なのは確かだ。 「俺たちが彼織ちゃんを呼び捨てにすると弓月が怒るの、ずっと何でか解からなかったけど、 今は少しだけ解かる気がする」  塚本がそんな事をわざわざ言い出すのは本当に珍しい事だった。  訊かれた事には忠実に答えるが、自分から語り出すことはほとんどなかった。 「なんとなく、だけど」  そう付け足して目を伏せた。  弓月ほど激しく怒りを感じることはないが、自分以外の誰かが自分より相手に近いのはいい気がしない。 「なんとなく…ねぇ」  釈然としない、と言うように弓月が繰り返した。 「まさか彼織じゃないだろうな、それ」  カチカチという不気味な音がする。どこかにしまった筈のカッターナイフの刃を出す音だ。  一言も藤堂の事など出していないのに、疑いだけでここまで機嫌を損ねられてはたまらない。 「違う」 「それなら応援してやってもいいぞ。どこの誰だ」 「いらない」  あまりにも横柄な態度で言われたら、弓月を恐れてなくても断りたくなる。  しかし塚本の即答は弓月の機嫌をさらに損ねてしまった。  ガン、とした音と衝撃と共に缶が飛んできた。  スチール缶はどこに当っても痛い。  缶が未開封だったのがせめてもの救いだ。 「人の親切はありがたく受け取れよ」  これは親切じゃなくて缶コーヒーだろ、と掌サイズの缶を持った。  飲む為ではなく武器として買ったのではないのか、と疑いたくなる扱いだ。 「弓月は、心配なんだよな」 「…何が」 「彼織ちゃん。だから、俺たちが近づくのが嫌なんだ」 「どうした? 突然」  弓月が顔を顰めたのは、怪訝と言うより驚きに近かった。  目の前の人間が自分の知っている塚本なのか疑っている目だ。 「お前、熱あるんじゃないか?」  頭を叩き潰されるのではないかというくらいの力で、額に手を押付けられた。  一般的な熱の計り方なのに、弓月がすると頭を叩かれたような衝撃がある。 「そういう気持ちが分かるようになった、という事」  塚本が掴むように押付けられた手から鬱陶しそうに顔を背けたので、弓月は素直に手を離した。 「よく分らんが、今夜は赤飯だな」  離した手をそのまま肩に乗せて、しみじみと言った。 「それ、古い」  ぼそっ、と呟いた塚本の腕に、容赦無い弓月の攻撃的な足が飛んできた。

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