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第37話 危機は再びやってくる -4
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今日も放課後は文化祭の準備。
ただ、いつもと場所が違う。
オレたちがいつも作業をしている実行委員の本部では、当日に校舎の屋上から垂らす大掛かりな幕を作っていて、それが盛大に場所を取っている。
それが物凄く邪魔で、細々とした作業をしている班は他の教室に移動になった。
で、オレと森谷も今日は別の場所での作業だ。
ガラッ、と扉を開けた瞬間に、室内に溜まった熱気が廊下に流れてきた。
「あちぃー」
プリントの詰まったダンボールを抱えた森谷が、鍵を持つオレの横をすり抜け、西日が燦々と降り注ぐ室内へと入っていった。
森谷は長机の上に無造作にダンボールを置いてから、乱暴に窓を開け放った。
微かに風が流れてくる。
オレたちがやってきたのは第三生徒指導室。
文化祭前ってことを別にしても、普段からあまり使ってない部屋。
あまり使ってないから、換気が全く行き届いてない。
鍵を開けるために床に置いたダンボールをもう一度持って、オレも中に入った。
「エアコン付けてもいいよな」
窓辺から入り口に戻ってきた森谷は、扉の横にあるエアコンのパネルに手を伸ばした。
「冷房って何度くらいが適温? 22とか?」
部屋が暑かったので、最初はそのくらいでいいかなと、温度に関しては何も言わなかった。
寒くなったら温度を上げればいいし。
エアコンをつけるなら、開けた窓を閉めた方がいいのだろうか。
もう少し喚起をしてから閉めようかな。
箱を置いて、さっき森谷が開けた窓へゆっくり近寄った。
何気なく見上げた先には、隣りの校舎の屋上が映る。
あそこは、いつも塚本が寝ている屋上だ。
当然姿は見えないけど、塚本がいるのかと思うと顔が弛んでしまう。
「どうした?」
窓に張り付いたままでいるオレを不審に思ったのか、森谷もこちらへやって来た。
「いや、大したことじゃないんだけどさ、あそこに塚本がいるんだよ」
屋上を指差して言ったオレの指に促されて、森谷の視線も移動した。
「塚本?」
「そう。いつも屋上で寝てんるだ」
笑いながら言うと、森谷は「へー」と妙に納得したように呟いた。
「学校終わってるんだから、家に帰ってから寝ればいいのにな」
同意を求めるように笑ったら、森谷が不思議そうにこっちを見た。
「待ってるんだろ? 瀬口を」
「…………う?」
「まさか」とは言えなかった。
誰かに言われるまで気付かないなんて、オレも相当アホだ。
変だとは思っていたんだよ。
けど、変なのはいつもの事だし、何を考えているのかなんて言ってくれないし。
放課後に屋上で寝ているのも、癖とか習慣とかだと思っていた。
そうか、オレの帰りを待っていてくれていたのか。
気づけよ、オレ。
つーかその前に言えよ、塚本。
「違うのか?」
「……違わないかも」
なんか、ドキドキしてきた。
気付いたら顔に熱が集まってきてしまった。
今のオレ、絶対顔紅いと思う。
「なんだ、それ」
不自然にぎくしゃくするオレを笑って、森谷が窓を閉めた。
もう一度屋上を見上げてみる。
何度見ても塚本は見えないけど、そこにいるのは確かだから。
見上げて、苦しくなった胸を無意識のうちに押えていた。
「塚本が羨ましいな」
ぼんやりとしていたオレの耳に、独白のような森谷の声が届いた。
「それ分る。自由に生きてるもんな、あいつ」
塚本はぼーっとしていて掴み所り無い奴だけど、フラーっと気侭に生きている感じがする。
呆れるけど、羨ましくもある。
森谷が言ったのはそういう所だと思って同意をしたけれど、どうやら違っていたようだ。
「そうじゃなくて、瀬口にこんなに想われて、って意味」
言葉に詰まってしまった。
オレ、森谷に塚本のこと好きだって言ったことあったっけ?
藤堂は雰囲気で分っていると思うけど、付き合っているってことも誰かに言ったことなどない。
なんで知っているんだ?
「見てれば分るよ、お前等」
オレがあまりにも「何で?」という顔をしていた所為か、森谷が苦笑混じりに言った。
反射的に顔に手を当てた。
やっぱりオレは顔に出やすいんだ。
「そんなに分り易いか?」
「瀬口が思ってる以上に」
そうなのか……。
それじゃ、クラス中の人間にバレていてもおかしく無いって事か?
うわ……恥かしい。
「俺は瀬口のこと良く見てるから、そういうのが分っちゃうんだと思う」
恥かしー、と動揺するオレに森谷がフォローしてくれた。
「他の奴らには分らないよ、きっと」
「そっかぁ」
ほっ、と胸を撫で下ろして一安心する。
森谷にバレていたのだけでも十分恥かしいけど、クラス中よりは全然マシ。
ギリでセーフだな。
でも、気を付けよう。
「あのさ、瀬口」
「何?」
「何で俺が瀬口のことよく見てるんだろ、とか疑問に思わない?」
言われてみれば、何でだろ?
「思う。何で?」
訊いてくれと言わんばかりの言い方だったから、素直に訊いてみた。
「瀬口が好きだから」
何のタメも無く、あっさりと言われた。
動揺して紅くなる前にちょっと考えれば分る。
これは、からかわれているな。
「へぇー……」
「それだけ?」
「アリガトウ、とか言えばいいのか?」
森谷が軽く言ったから、オレも軽く返しておいた。
「本気にしてないな」
「間に受けて狼狽えるほどバカじゃないって」
大体、森谷がオレのことをそんな風に思っている訳ないだろ。
まぁ、「お友達」程度には好かれているかもしれないけど。
「今の、もし塚本に言われたら同じ事言うか?」
軽く流そうとするオレとは対照的に、森谷がやけに神妙な表情で訊いてくる。
何故そこに塚本?
オレは無意識に屋上を見上げた。
塚本に「好き」って言われたら?
ちょっと考えたら、無性に気恥ずかしくなってしまった。
「同じ事……言えたら、もっと楽なんだけどなぁ」
ふぅ、と溜め息吐いてしまう。
塚本に言われたら、オレは間違いなく狼狽えてガサガサして収拾つかなくなるだろう。
それでも最近は慣れた方だけど、まだ動悸激しくなるし。
塚本といると、嬉しいんだけど心臓に悪い。
想像しただけでドキドキするオレの横で、森谷が動くのが見えた。
ぐい、と引き寄せられてバランスが崩れる。
「うわっ……!」
がばっ、といきなり森谷に抱きつかれていた。
森谷は元々妙に絡んでくるタイプだったけど、こんなに力一杯抱きつかれるのは初めてだ。
「何だよ、離れろって」
今まではオレが逃れようとすれば簡単に放してくれたのに、今日の森谷はなかなか離れてくれない。
「塚本って優しい?」
「はぁ?」
何を言うかと思えば、なんでそんな事を今この状態で訊かれなきゃいけないんだ?
森谷の行動と言動で混乱するオレは、バタバタと暴れながらも壁際に追い詰められた挙句、森谷の力に負けてズルズルと床に崩れてしまった。
更に森谷が覆い被さってきて身動きが取れない。
「ちょっ……何すんだよ!」
もがいても、それを制しようとする力の分だけオレが痛いだけで意味がない。
「好きなんだ」
オレの手首を壁に押さえつけて森谷が言った。
そんな事言われてもこの状態の説明にはなってないし、当然許せる訳ない。
「分ったから放せ。それから話聞くから」
本心では、解放された瞬間に逃げてやろう、と思いながら説得してみる。
「それは嫌だ」
「ワガママを言うなっ」
「この手を放しても、瀬口が塚本を好きなのは変わらないだろ」
当たり前だ。
じわじわと怒りが込み上げてくる。
オレにどうしろって言うんだよ!
「放さなくても、変わらないぞ」
挑戦的に言ってやると、怒るかと思った森谷は意外にも口元を歪ませた。
自嘲とか諦めとかじゃなくて、不敵に。
「試してみようか?」
そう言いながらも、押さえつけられていた手にかかる力は消えた。
その代わり、森谷の手はオレの制服に掛かり、力任せにワイシャツのボタンを飛ばしやがった。
頭が真っ白になって、逃げるより先に身体が固まってしまって動くことなんてできなかった。
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