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第38話 危機は再びやってくる -5
「鍵は、さっき掛けておいたから」
オレの腰に手を回しながら森谷が言った。
誰もそんな事訊いてない。
イヤ、ちょっと待て。
鍵を掛けておいたって……。
「お前、元々こういうつもりだったのか!?」
怒鳴るように言うと、森谷は「ちょっとだけ」と苦笑した。
そんな奴を友達と思っていたなんて、人生最大の不覚だ!
なんとかして、森谷を引き剥がそうとした手が掴まれた。
「部活忙しい俺が、何で実行委員なんてやってると思う?」
森谷の顔が近づいてくるから、オレは本能的にそれから逃れようと身体を捻った。
けれど、所詮は組み伏せられている身。
逃げられる範囲は想像以上に狭くて、オレの努力も空しく簡単に追い込まれてしまった。
あと数ミリで触れるくらいに森谷の唇が寄って、噛み締めた奥歯がギリッと鳴った。
ある程度の覚悟のようなものはしていたが、森谷はその距離で動きを止めた。
「瀬口が推薦されて、それを受けたから」
「……オレ?」
「瀬口と二人で委員会するなんてチャンスだと思ったんだ」
薄く笑って、少し油断していたオレの口元にキスをしやがった。
「……っ!」
悪ふざけのようなものだったけど、キスには変わりない。
「いい加減にしろよ、森谷」
睨んでも森谷の顔から笑みは消えない。
かなり侮られているようだ。
「けど、瀬口は塚本のことしか見えてないだろ?」
森谷の手がオレの腰から腹へと滑った。
「それが悔しいんだ」
首から鎖骨、更にはその下へと森谷の唇が移動する。
ビクリ、と身体が震えて全身に緊張が走った。
「そんなに怯えるなよ」
オレの身体があまりにも強張った所為か、それを感じたらしい森谷が苦笑して言った。
「怯えるな」だって!?
この状況で、そんなの無理に決まっているだろっ!
言っている事と、やっている事があってねぇよ。
「塚本より優しくするよ?」
必死にしていた抵抗が、嘲笑うようなそんな言葉で思わず止まってしまった。
「ふざけんなっ!!」
こういう件に関しては、オレと塚本の関係はまだ膠着状態なんだから、優しくされたところで森谷と比べられる訳ないだろっ。
でもこんな事になるんなら、素直にしておけばよかった。
……って問題はそこじゃない!
「や、ぁ……」
静止の言葉は、言いようもない嫌悪感に塗りつぶされて掻き消えてしまった。
森谷のヤツが執拗に首筋を舌でなぞるから。
「ここ、感じるんだ?」
訊くなっ!
んなコトを訊くんじゃねぇよ!
気持ちが悪いだけだ!
「知らな……っ」
「あんま強がるなよ。俺のこと塚本だと思っていいからさ。もっと悦くしてやるけど」
この野郎っ!
一体、何様のつもりだ!
「塚本塚本ってうるせぇよ! 塚本とはまだヤってないのにお前となんか比べられるかっ!」
森谷があまりにも塚本の名前を出すから、こんな状況に置かれている自分が辛すぎて怒鳴っていた。
口が滑った事に気付いたのは、ニヤリと笑う森谷を見てからだった。
こんな場面で、墓穴掘ってどうすんだ。
「へぇー、まだなんだ?」
「うっさいな! お前に関係ないだろっ」
楽しげに言う森谷がムカついて、出来る限りの音量で怒鳴った。
オレが怒鳴っても、森谷は少しも気にならないように笑っている。
「でもそれって、瀬口が想ってるほど塚本は瀬口のこと好きじゃ無いんじゃないの?」
何を言うんだ、こいつは。
「違う! オレが嫌がってたから」
否定の言葉は反射的に口から出ていた。
塚本がオレにそういう事をしてこないのは、あの時オレが「今はまだ」と言ったからだ。
あいつはそういうのをちゃんと尊重してくれる奴で、森谷と違うんだ。
「それじゃ、そんなに好きじゃ無いのは瀬口の方か」
「何だよ、それっ!」
一体何を根拠にそんな事が言えるんだ!
何にも知らないくせに!
「だって、嫌ってことは、その程度って事じゃないか」
「違うっ!」
「ムキになってるのは、図星だからだろ?」
見透かしたような森谷の言葉に無性に苛立つ。
ザワ、と心に何かが翳りを落とす。
「お前が出鱈目なことを言うからだ!」
胸騒ぎを掻き消すように言葉で反撃をした。
「そうでもないだろ。瀬口にしても、塚本にしても、そんなに好きじゃないんだよ。だってほら、 本当に好きなら、こうしたいって思うだろ?」
「……っ」
森谷は楽しそうにそう言いながら、唇と手をオレの身体に這わせた。
ビクリと身体が反応してしまう。
「俺が塚本だったら、絶対に放っておかない」
優しい声音だというのに、森谷のセリフはオレを追い詰めるように響く。
そう、なのか?
塚本が全然そんな素振りを見せなくなったのは、オレに誘われるのを待っているのではなくて、 オレの事なんかそれ程好きじゃないからなのか?
塚本はああいうヤツだから、オレが「別れたい」と言うまで、オレと付き合ってくれているだけなのかもしれない。
オレの事を「好き」と言ったのも、もう過去の感情になっているのかもしれいない。
だから、オレとしなくても平気だったんだ。
先に進もうとしないし、オレが何も言わなくても気にしていなかったんだ。
そう思ったら途端に悲しくなって、涙を堪えるのに必死で動きが止まってしまった。
腕を、放して欲しい。
泣き顔なんて、絶対に見られたくないから。
「俺だったら、塚本より瀬口のこと愛してやれる。だから、俺にしないか?」
オレの精神状態を不安定にしておいて、このセリフは狡い。
わざとなのが余計に卑怯だ。
けれど、森谷は勘違いをしている。
塚本は何も言ってくれなくて、もうオレの事なんか好きじゃないかもしれないけど、だからと言って森谷に気持ちが傾くことは無いんだよ。
森谷がオレを好きだとか、塚本がオレの事好きじゃないんじゃないか、なんてどうでもいいんだ。
オレが塚本を好きなんだから。
塚本じゃなきゃ嫌だ、ってこんなに思っている。
だから、絶対にこんな所で森谷の好きにされる訳にはいかない!
塚本はオレの事はもう好きじゃないかもしれないけど、嫌われてはいないと思う。
向けてくれる笑顔とか、優しく髪を撫でてくれる手とか、オレが自惚れるくらいの好意はそこにあったと信じたい。
だけど、もしここで森谷を阻止できなかったら、「嫌われていない」という望みも無くしてしまう。
「塚本も、森谷の気持ちも関係ない」
森谷を睨みつけて言う。
「オレが好きなのは塚本だから、お前なんか絶対に嫌だ」
そうはっきりと言ってやると、オレの手首を掴んでいた森谷の手の力が強くなった。
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