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第41話 危機は再びやってくる -8
触れられた部分から、ちょっとやそっとじゃ終わりそうもない昂ぶりを感じる。
「お前っ……それ以上…も、する気、だろ」
「駄目?」
そんな風に訊かれたら困る。
すっげぇ困る。
ダメだけど、嫌じゃないのが困る。
「ダメって言うか………あっ、森谷いるし」
咄嗟に思い出して、離れた所で倒れている森谷を指した。
「しばらくは起きないよ」
冷静に言われると、オレは逆に焦る。
しばらくって、死んでないよな?
森谷の安否を気遣う間もなく塚本が触れてくる。
「起きないからっていい訳ないだろ!」って言ってやりたいけど、言っただけじゃ塚本の動きは止まりそうもない。
「イヤ、でも……だったら、せめて鍵っ!」
「それは、無理」
最大の譲歩のつもりだったのに、あっさり断られた。
何故!? と思ったのもほんの一瞬の事。
入り口の方を見やると、本当に無理そうだった。
さっきまでは、しっかりと鍵まで掛かってピッチリ閉まっていた戸が、レールから外れて床に倒れていた。
鍵どころか、ちゃんと閉めるのも無理だと思う。
「お前、何壊してんだよ」
オレが言うと、壊した犯人は飄々とした態度で「最善の処置だ」と抜かした。
「鍵、開けられるんだろ? こういう時に使えって」
何のための特技だよ、と呆れるオレに、
「そんな余裕、無かった」
と呟いた。
うっ。
すっげぇ嬉しい。
嬉しすぎて、このまま流されてもいいか、と思ってしまう。
でもそれはダメだ。
扉が閉められないなんて、鍵を掛けるとか言うレベルの話じゃない。
「……あのさ、塚本」
鍵の話でやっと止まった塚本の腕を掴んだ。
「場所、変えよう」
まさか自分の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
塚本じゃなきゃ嫌だ、というのには変わりないけど、今この場で自分から言うとは。
言った後からジワジワと恥かしくなって、取り消そうにもうまく口が動かない。
「いや…あの、別に今すぐって事じゃなくって、どうせするならって事で」
何を口走っているんだ、オレは。
曖昧とはいえ、一応「誘う」という自分的に記録的な高さのハードルを何とか越えたというのに、直後に逃げ腰になってどうする。
わざわざ訂正するなよと思うけど、せずにはいられない。
「別に、しなくてもいいんだけど…その…」
「うん」
オレがこんなに慌てて訳の分らないことを言っているのに、塚本は特に気にした様子もなく頷いた。
「どこがいい?」
……聞かれてもなぁ。
何て答えようか悩んでいると、塚本はいきなり制服のシャツを脱ぎ出した。
何事かと固まるオレの頭に、脱いだ制服がバサリと落ちて視界が覆われた。
「うわっ」
慌ててその制服をひっぱって顔を出した。
「それ、貸しておく」
塚本が言う「それ」というのは、今オレが握り締めている制服のことだ。
一瞬、「何でだ?」と思ったけど、自分の制服の惨状を見て納得した。
オレの制服、森谷の所為でボタンが飛んでいたんだった。
でも、あきらかにサイズ合っていないし、オレがこれを着たら塚本の着る物がなくなる。
「教室行けばTシャツがあるから……」
「教室まで貸し」
「……うん。じゃあ、教室まで」
塚本のシャツに腕を通しながら、さっきの話はどうなったのか考えていた。
塚本の唐突な行動に話が逸れて、それっきりになりそうなカンジ。
それでいい訳ないよな。
「さっきの、場所のことは……?」
思い切って訊いてみた。
でも、塚本はこっちを見ただけですぐには答えてくれなかった。
なんだろう、この沈黙は。
「今日は、諦める」
少しの間の後、ぽつりと塚本が言った。
主語がなかったけど、何を諦めるのかは分った。
またオレが嫌がったから、塚本が冷めたのかもしれない。
これでまた、面倒な奴だと思われてしまったかもな。
うぅ、だっていきなりで恐かったんだよ。
鍵とか森谷とか以上に、塚本が別人みたいでびっくりして。
でも、それはオレを心配してくれたからだって思うと嬉しいんだけど、それでもやっぱり驚きが勝ってしまう。
「また今度、期待してるから」
力抜けるくらい淡々と言われた。
塚本らしくて安心するけど、期待されても困るって。
「……あんま、期待しないで」
そう言うのが精一杯だ。
何言ってんだろ、オレ。
着替えが終了したオレはすぐに立ち上がった。
この塚本の制服、サイズ合って無いから早く教室行って着替えたい。
サイズもだけど……なんか恥かしい。
「瀬口」
部屋を出ようと歩き出した所で呼ばれた。
「……何?」
「好きだよ」
何でそんな事サラッと脈絡もなく言えるんだ、こいつはっ!
でも、さっきオレもよく分らないタイミングで言ったしな。
嬉しいけど、ドキドキするから止めてくれ。
「……知ってる」
照れてるのバレバレだけど、何も言えないのも悔しいから、さっきの塚本のセリフを貰うことにした。
強がるオレを見透かすように、塚本は微笑っていた。
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