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第43話 愛に触れる -2
教室の扉を開けて、誰もいないことに安心しつつ素早く自分のロッカーへと向かった。
適当な机に座る塚本を背中に感じながら、ゴソゴソとロッカーを漁ってTシャツを取り出した。
取り出して、それが自分のものであるのを確認している風を装って、どうしようかと考える。
そんな事を気にしているのは、きっとオレだけなんだろうけど、やっぱり恥かしいんだよな。
塚本の前で着替えるのは。
本当に、何を言っているんだ、って言われても仕方ないけど。
さっきの事もあって、今は余計に恥ずかしいんだよ。
様子を窺おうにも、ちらりとでも振り向いたら塚本と目が合うのは必至。
意識しているのバレバレで、もっと恥かしい。
だったらここは、思い切ってガバッといっといた方がいいよな。
よし、と塚本には分らない程度に軽く意気込んで、借りていたワイシャツを脱いだ。
Tシャツを着てから振り返ると、塚本は窓の外を見ていた。
何だよ。
だったら別に慌てて着替える事もなかったかな。
やっぱり、意識とかしているのはオレだけなのかなぁ。
と、ガッカリ半分、安堵半分の感情を隠して、机に座る塚本の前に立った。
「これ、ありがと」
服を畳むのは得意じゃなくて、あまり綺麗にはできなかったワイシャツを塚本に差し出した。
けれど、塚本はすぐには受け取ってくれない。
何か気に障った?
もっと丁寧に畳めと?
それとも、借りたものをそのまま返すのは非常識だと?
でも、これをオレが洗濯しに家に持って帰ってしまったら、塚本が着て帰る物がなくなるよな。
「あ、他に着るものがあるなら、洗濯して返すけど」
一応訊いてみた。
そしたら、塚本は「いいよ」と言って受け取って着た。
オレが着ていた時とは違って、ちゃんとピッタリだ。
身長も体格が違うんだから当たり前だけど、悔しいよなぁ。
森谷とか、吹っ飛んでたしな。
結構力あるんだな。
もし塚本が森谷みたいにしてきたら、絶対に敵わないよな。
実際に無理だったし。
てか、森谷も無理だったもんな。
その前の屋上での二年は二人だったから別枠としても、オレってかなり非力だよな。
もっと筋力つけないとダメだ。
せめて、力ずくで押さえ込まれない程度に力は付けておきたい。
それにしても、オレって塚本がいないと全然ダメなんだよな。
情けない。
落ち込むよなぁ。
「何?」
じっと見すぎていた所為か、塚本に訊かれてしまった。
言えるかよ、「貞操のこと考えていました」なんて。
「なんでもない」
としか言いようがない。
「瀬口」
咄嗟に顔を逸らしてしまったことが、塚本の余計な詮索を招いてしまったらしい。
本当に全然大したことじゃないんだって。
ただ、塚本がいてくれて良かったなぁ、て実感していただけだから。
こんな情けない奴は面倒なんじゃないか、って心配にもなったけど。
わざわざ気に掛けてないとダメなんて、塚本には邪魔くさい存在なんじゃないか、とか。
どうしても考えちゃうんだよ、そういうの。
塚本はちゃんと来てくれたし、「嫌じゃない」って言ってくれたけど、いつまでもこんなんじゃダメだよな。
手の掛からないしっかりした奴にならないと、いつ愛想付かされてもおかしくない。
塚本がいてくれて良かったけど、荷物にはなりたくないんだ。
オレが何も言えないでいると、先に塚本の口が開いた。
「怒ってる?」
……って。
「はぁ!?」
と言うしかない質問。
「何で?」
オレが怒る理由なんてないのに。
どうして塚本がそんな事を言うのか分らない。
それに、それを言うならむしろ…。
「怒ってるのは塚本だろ?」
さっき、凄く怒っていたのは塚本の方だった。
見た事もない感じで、ちょっと怖いとすら思ってしまったくらいに。
「俺が?」
不思議そうに言う塚本の記憶には、さっきまでの自分の怒りは無いのか?
「……怒ってた、だろ」
その時のことを思い出して、それでまた悲しくなってしまった。
どうしよう。
今、すっごい抱きつきたい。
ダメかな?
塚本の様子を窺ってみると、右腕がゆっくりとこちらへ伸ばされるところだった。
同じコト考えてたんだなぁ、って嬉しくなって、ボスッと塚本に抱きついていた。
包み込む塚本の腕にギュって力が入って、そんな事でオレは嬉しくなった。
「塚本、もう帰る?」
「瀬口は?」
いつまでもこうしてはいられない、と気づいてそう訊いたらそう返された。
ああ、そっか。
オレの事、待っていてくれている……ん、だよ、な?
でも塚本は今にも帰りそうなカンジで、オレは置いていかれそうな気がしていた。
「うん。今日は……もう帰る」
今からじゃ何もできないだろうし。
それに、塚本と一緒にいたい、とか…思ってたり、しているから。
恥かしくて言えないけど。
「だったら、一緒に帰るよ」
塚本がそう言ってくれて安心したオレは、ずっと塚本の服を掴んでいた事に気づいて、慌ててそれを放した。
無意識って凄いな。
口に出さなくても、勝手に手が動いていたよ。
「それなら、オレ荷物持ってくるからちょっと待ってて」
気恥かしさを一掃するように、オレは勢いよく塚本から離れた。
実行委員の集まりにはいつも鞄を持って行くから、これから帰るにはそれを取ってこなければならないのは本当だから丁度いい。
「あ、そうだ」
離れてからすぐに、かなり大事なことを思い出して立ち止まった。
振り返ると、不思議そうにこちらを見る塚本と目が合った。
「まだちゃんと言ってなかったよな、お礼」
ちょっと混乱していてよく憶えてないけど、言っていないと思う。
今言わないと、言うタイミングがなくなってしまいそうなので、ここで言わなければ。
「来てくれてありがとう。めちゃめちゃ嬉しかった」
こんな言葉じゃ全然言いあらわせないくらい、本っ当に嬉しかったんだ。
心の中を「ほら」って見せられないのが残念で仕方無い。
お礼を言っても、塚本はあまり表情も変えずにジッとこちらを見ている。
言うのが遅かったか? なんて心配になり始めた時、塚本の口を開いた。
「愛する瀬口の為なら、当然」
「あ、あい……っ!?」
さらっと、とんでもない事を言いやがった。
そんなのいきなり、こんな所で言うなっ!
びっくりするだろ!
ドキドキして顔紅くなって変になるだろ!
「好き」なら、もうかなり言われて、なんとか耐えられるようにはなってきたけど、それは全く免疫無しだ。
面と向かって言われて、どんな顔したらいいんだよ。
塚本って、そんな事言ったりするんだ…。
なんか意外。
けど、言い方はらしい。
何か言わなきゃ。
でも今はダメかも。
言葉が何も出てこない。
とにかく、鞄を取りに行こう。
うん、そうしよう。
と、決めた直後に机に足をぶつけて軽く躓いて恥かしさに情けなさが加わってしまった。
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