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第45話 警戒する者される者 -1
「ちょっと待て!! 何だよそれっ!!!」
教室中に響いたのは藤堂の怒声だった。
「ふざけんなよ! 何でそんな事になるんだよ!!」
クラス中の視線を一身に集めて、藤堂は机をバシバシと叩いて猛抗議している。
抗議されているのは、他でもないこのオレ。
教壇にチョークを持って立つオレに、藤堂は今にも噛み付きそうな勢いで言い掛かりを付けてきた。
理由は簡単。
今、オレたちがしている多数決の結果だ。
「そう決まったんだから、仕方ないだろ」
オレの隣りで、投票用紙を揃える森谷が宥めるように言った。
藤堂には気の毒だけど、ホントにその通りだよ。
藤堂だって決を取ることに賛成したんだから、結果が出てから文句を言うのは良くないぞ。
まぁ……抗議したくなる気持ちは分からないでもないけど。
でも、結果なんてやる前から分りそうなものなのにな。
おそらく、藤堂以外の全員がこの結果を予期していたと思う。
「多数決にケチつけるなんて大人げないぞ」
「お前、他人事だと思って……っ!」
森谷に続いて宥めようとしたオレを、再び藤堂が噛み付きそうに怒鳴る。
そんな事言ったって、オレにとっては他人事なんだから仕方無い。
「だったら代わりにお前がやれよ、瀬口!」
「代わりにって……別にオレは選ばれてないし」
「んなモン関係無ぇ」
薄々は感づいていたけど、藤堂は機嫌が悪くなると豹変する奴なんだな。
怒らせなければただ「可愛い」で済むんだけど、今はそれに「凶悪」がプラスされている。
しかもその凶悪も、「何かちっちゃいのが頑張ってるなぁ」って感じのやつだけど。
これは、弓月さんが突付きたくなる気持ちも分らなくもない、かなぁ。
「オレよりも瀬口の方が似合う」
こっちを指した藤堂にきっぱりと言われてしまった。
何を根拠でそこまで断言できるのやら。
むしろ、絶対にそれは無い、とこっちが断言してやれる。
「似合うとか、似合わないとかの問題じゃないんだよ」
何を言われても、完全に安全圏にいるオレは落ち着いて答えることができた。
藤堂には悪いけど、この件に関してオレに危害が加わることは一切ない。
「オレ、実行委員だから、そういうイベント物には出られないんだ」
な? と森谷に確認を取る。
森谷も「そう」と頷いた。
例えオレが実行委員じゃなくても、絶対に断るけどな。
と言う前に、オレが選ばれる事は無いだろうけど。
何しろ、ウチのクラスには藤堂がいるから。
藤堂が怒りで震える気持ちもよく分る。
でも仕方無いよな。
ウチのクラスで他に目ぼしい人材はいないんだから。
「誰が考えたんだっ! 男子校でミスコンなんてっ!!」
その叫びは尤もだ。
オレも心底そう思う。
聞いた瞬間「は?」ってなったよ。
なんでも、昔からの伝統らしいぞ。
そんな訳だから、きっぱりと諦めてくれ、藤堂。
□ □ □
「へー、瀬口くんのクラスはあの藤堂彼織なんだー」
実行委員長の渡部先輩にミスコンの出場者を書いた紙を渡すと、先輩は上機嫌にそう言った。
「あの」って……?
「あの子なら優勝狙えるかもね」
紙をヒラヒラとさせて、横に座る横井先輩に言った。
横井先輩は、渡部先輩と同じクラスの実行委員で、フワフワした雰囲気の渡部先輩とは対照的に、テキパキと場を仕切る頼れる先輩だ。
「藤堂って……ああ、弓月が言ってた子か」
横井先輩は少し考えて、やけに納得したように呟いた。
今の会話から、二人が藤堂を知ってる理由が弓月さん関連なのは間違いなさそうだ。
本当に有名なんだな、弓月さんて。
件のミスコンは、一年生は各クラス一人の出場が強制だけど、二・三年生は自由参加。
これは、出場者ゼロという事態を回避するためだと先輩たちが教えてくれた。
自由参加とか言っても、一年生以外の出場者はほとんどいないらしい。
一年生の時に無理矢理出場させられた、そういうのが似合いそうな人材は、だいたいが翌年からは出場権のない実行委員に自ら立候補し安全圏に逃げるようだ。
そう言われてみれば、実行委員をしている上級生はみんな見栄えが良い。
一年後、藤堂がこの場に実行委員としていることは、まず間違いないだろうな。
「一昨年の優勝者がこいつって知ってた?」
横井先輩が楽しそうに渡部先輩を指して言った。
「そうなんですか!?」
「昔の話だよー」
藤堂はあんなに嫌がっていたというのに、渡部先輩はまんざらでも無さそうに笑っている。
いつも思うけど、奥の深い人だ。
「すっごい美人で可愛くて、正体が渡部だって分ってるのに結構評判になった憶えがあるなぁ」
別の机で何か作業をしていた三年生の宮津《みやづ》さんが、一仕事終えてこちらの会話に混ざった。
宮津さんは、飛びぬけて美形とか可愛い訳ではないんだけど、何となく目を惹く人だ。
三年生たちからの信頼が厚くて、やけに発言力がある。
今みたいに普通に会話に入ってきてくれるし、話しやすい先輩の一人だ。
「あまりの可愛さに、血迷った奴らが束になって襲ってたよな」
宮津さんに続いて、横井先輩もその時のことを思い出すように言った。
二年前の渡部先輩かぁ。
相当可愛かったんだろうな。
でも、束になって襲われたらヤバいだろ。
「あれは大変だったね」
と、何でも無い事のように言うのが、当の渡部先輩。
最初に会った時もそんなような事言っていたけど、全然大変そうには聞こえない。
「とか言いながら、全員返り討ちにしてたよな」
「若かったよねー」
宮津さんのとんでもない暴露を渡部先輩は欠片も否定しないで、少し照れたように笑っているだけだ。
照れる所が微妙にズレてます、先輩。
「七、八人くらいいたか?」
「そんなには居なかったよ。せいぜい五人」
横井先輩の確認を訂正しても、大して変わらないんですけど……?
本当にこの人が、五人もの人間を返り討ちにできるのだろうか、という疑問は胸にしまっておこう。
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