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第47話 警戒する者される者 -3【塚本】
ガラス張りになっている学食の、高等部のグラウンドを一望できる窓際に陣取ったとある集団は、真剣な顔を突き合わせて何やら話し合いをしていた。
メンバーは、彼らにとって「いつもの奴ら」。
安達と仲井に、放課後の部活が休みの黒見、それと三人とは同い年ながらも留年して現在は一学年下の塚本だ。
全員が一年生だった昨年は、何かと四人でつるむことが多かった。
そこに、たまに弓月がやってきたり、弓月がいない時は西原が加わったり。
その他にも、必要に応じて増えたり減ったりもする。
「えーっと、いつからだっけ?」
買ってきたばかりのジュースのペットボトルをテーブルに置きながら、黒見が誰とも無しに問い掛けた。
「六月くらいじゃなかったか」
「いや、七月の頭だったろ、確か」
黒見の問いに答えたのは安達で、それを更に訂正したのは仲井だ。
「そっか、そうだったな」
「じゃ、もうすぐ十月だから……」
「三ヶ月!?」
指折り数え始めた安達より、先に数え追えた黒見が大袈裟に叫ぶ。
「その間に夏休みもあったろ?」
「あった、あった。夏休み丸々あった」
「オイオイ、それでいいのかよ、塚本!」
ダン、というテーブルを叩く音と、それまで傍観者だった塚本を責めるような声が響く。
突然名指しされ、三人分の視線が塚本に注がれた。
そこでやっと、塚本は三人の話題の中心が自分であることを知った。
友人たちの「どうなんだ、オイ」という視線を受けても、塚本は特に態度を変えるでもなく、あまり驚いた様子も見せず全員を順番に見た。
「何だ、俺の話をしていたのか」
「してたんだよ」
淡々と言う塚本の危機感を煽るように、友人たちは次々に口を開く。
「三ヶ月だぞ、三ヶ月」
「しかも、大人たちが泣いて羨ましがる高1の夏休み!」
「こいつは二度目だけどな」
「その間、何も無しなんて有りえねぇって」
そこまで言われて、やっと何を怒られていたのか解かった。
塚本と、その恋人の瀬口の事だろう。
三ヶ月も付き合って、未だに一線を超えていないというのが、友人たちには理解できないらしい。
解かった所でどうこうする気はないが、一方的に言われてやる気もなかった。
「別に、何も無い訳じゃない」
それは、ただ見栄を張っただけではない。
キスなら何度もした。
抱き締めて熱を煽ったこともある。
どこが感じやすいかも、ほぼ把握済みだ。
ただ、最後まで行き着いていないだけ。
自分でも、よくそんな状態で我慢が続くものだと感心する。
しかし、瀬口が次第に慣れてきている手応えを感じると、その我慢もそれほどせずに済みそうだ。
「どーして、何も無い訳じゃなくて最後までヤっちゃわないんだ」
言うだけなら簡単だ。
塚本は安達をささやかに睨んでから、あまり効果が無いと気付き軽く息を吐いた。
瀬口は基本は無防備なくせに、「そういう」塚本に対しては警戒心が強くなる。
塚本を警戒する理由は、全く分らない訳ではない。
他の誰が何を言って、腹で何を考えていても、それは瀬口には実際には起こらない事として受け止められている。
それが例え、一度瀬口を襲おうとした人間でも、だ。
しかし塚本だけは違う。
瀬口にとって塚本は、確実に自分を組敷こうとしている男だから。
警戒される理由が「恋人だから」というのも、いかんともしがたい話だ。
「塚本、実はお前って何かビョーキなんじゃ……」
当の本人を置いて、話が妙な方向へと突っ走っている。
「それはナイだろ。今までだって何人か付き合ってたんだし」
「でもほら、全員短期間で向こうから別れ話切り出してくるんだろ?」
「長続きしない原因はそれか」
口々に好き勝手言われて、まともに言い返す気にもなれない。
どうしてこいつらは、こうも勝手に話を進めて結論付けるのが得意なのだろうか。
「それで、お前らに何か迷惑かけたか?」
あまりの言いたい放題に、さすがの塚本もやや怒り気味だ。
「気になるんだよ」
安達は、少し強い調子で言った塚本のセリフを吹き飛ばすように、場に似合わない真面目な顔を突きつけて言う。
塚本にとって「気になる」のは、なぜ目の前の友人数人がそれほどまでにこの話題に拘るのかという事だ。
「賭けでもしてるのか?」
「してた、んだ」
冗談半分で言ってみたのだが、安達にあっさりと力強く認められてしまった。
「過去形なのは、既に全員ハズレたから」
仲井が残念そうに、かつ陽気に付け足す。
仲井の言う「全員」が、目の前の3人だけとは限らない。
脱力するだけなので特に聞こうとも思わないが、一体どれだけの人数が参加していたのだろうか。
それに、どうやってアタリハズレを判断するつもりだったのかも非常に気になる。
(今のところ、その判断に間違いが無いのも嫌だな)
ぼんやりと、どうでもいいようでよくない事を考える。
何で判断されていたのかくらいは、もっと深く追及すべきだろうか。
「大体、三ヶ月以上なんて枠すら無かったよな」
黒見が感心したように言う。
そんな所で感心されても少しも嬉しくないので、塚本は無言で聞き流した。
「大穴もいいトコだ!」
「怒る権利は、俺の方にあると思うぞ」
突っかかるように言ってくる安達には、効果がないと分っていてもとりあえず睨みをきかせておいた。
ここは怒っても良い所だという事は、塚本にも分かる。
しかし、仲井の陽気な声で空気が変えられてしまった。
「おっ、噂をすれば……」
楽しそうに仲井が見やった先には、ゾロゾロと学食にやってくる集団がいた。
よく見ると、その中に瀬口がいる。
そして、よりにもよって森谷も。
ただでさえ、やや不機嫌だった塚本の眉間に皺が寄る。
しかしその直後には、こちらに気付いた瀬口が嬉しそうに笑ったのを見て、つられて微笑っていた。
「あれって実行委員だよな」
「へぇー、会長もいるじゃん」
「相変らずイイ男でいらっしゃる」
「何? お前って、ああいうの好み?」
「いやーん、バレた?」
塚本は友人たちの馬鹿な会話を右から左に流して、自分を発見した瀬口が駆け寄ってくるのを見やった。
塚本の周りに安達たちがいる事に気づき、瀬口の足が止まりかけた。
あからさまに嫌な表情を見せて、進もうか戻ろうか迷っているようだ。
「なっちゃーん」
安達が呼ぶと、瀬口の表情はさらに険しいものになった。
「そんなに嫌がらないでよー」
安達は軽やかに立ち上がり、瀬口を迎えに行く。
その行動に、瀬口の足が一歩後ろに下がったようだった。
「分かったから、押すなよ」
安達に背中を押されて、渋々というように瀬口がやって来た。
自然な動きで塚本の横に立ち、不器用に微笑む。
塚本に会えたのは嬉しいが、周囲の騒がしい奴らとは関わりたくはない、という表情だと読む。
「文化祭実行委員御一行で休憩?」
「まぁ、そんな所です」
黒見の問いに、瀬口は素っ気なく答えた。
きっと、早くこの場を去りたいと思っているに違いない。
不機嫌な瀬口を愛でていると、視線に気付いたのか、こちらを向いた瀬口と目が合った。
「今日は、少し遅くなるかもしれない」
ぽつりと、塚本にだけ聞こえればいい程度の音量で言う。
何気ないそんな一言に、何故か心が満ち足りるような淡い感情を覚える。
「先に帰ってていいから」
塚本が瀬口の帰りを待っていると承知しているからこその言葉だ。
文化祭までの日数が迫り、実行委員は本格的に忙しくなってきたのだろう。
瀬口になりに気を遣っているらしい。
しかし、簡単に頷くことは出来ない。
もし、この前のような事が起ってしまった時に、助けることができなくなるからだ。
(気を遣う所がズレているな)
塚本を気遣ってくれるなら、傍に置いてくれた方が有り難いというのに。
「待てるだけ、待つ」
先に帰る気などさらさら無いが、歩み寄るように答えた。
「……分かった」
嬉しいような、困ったような、照れたような表情を隠すように、顔に手を当てて瀬口は絞り出すようにそう言った。
「意外に純愛だよな」
塚本たちのいるテーブルから離れていく瀬口の後ろ姿を見ながら、頬杖をついた黒見が呟いた。
「あれでよく我慢できるよな。尊敬するわー」
と感心したように言うのは仲井だ。
「まぁ、ああいう顔を見たくて甘やかしてんだろ」
な? と安達が同意を求めてくる。
あながち間違いではないので否定はしない。
「甘やかされて伸びる子、いいなー」
羨まし気に言う仲井の肩に、安達が苦笑しながら手を置く。
「お前、自分が甘やかされたい方だもんな」
「それな。誰か拾ってくれないかなぁ」
「可愛くないなら無理だろ」
そんな友人たちの会話の間に、瀬口は実行委員達が座るテーブルに到着していた。
すぐ隣に森谷がいるのを確認すると、やはり何が何でも先に帰ることはできないと心に決めた。
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