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第48話 生徒会室にて -1【大橋】
生徒会室とは、本来どういう用途で設置されたものなのかを考える。
少なくとも、後輩の存在を忘れてイチャつくバカップルの為にあるのでは無い事だけは確かだ、と俺、大橋征吾 は思う。
しかし現在、そのバカップルに占領されているのは逃れようのない事実だ。
「顔色悪いな。大丈夫か?」
椅子に座る生徒会長の頬に、心配そうな白い手が触れる。
それから、少し移動させて前髪を上げて露わになった額に額をくっ付けた。
手の主は椅子の横に立っているので、会長はその人物を見上げる形になる。
「最近忙しいから」
会長は言うほどでは無さそうな口調で、黙って熱を測られている。
見たくないほど嬉しそうだ。
「あんまり無理するなよ」
「倒れたら看病してくれるんだろ?」
「リンゴでウサギ、作れないぞ」
看病=リンゴでウサギかよ。
そんな事言われたら、そりゃあもう、会長もメロメロでしょう。
「作ってくれる気なんだ?」
案の定、会長の顔は弛みまくり。
こんな締まりのないのが生徒会長だなんてな。
「だから、作れないって」
念を押すように断ってはいるが、いざとなったら多分作るだろう。
こういう、冗談とか言ってみただけとかを真に受けて困っちゃうトコは、会長の気持ちも分らないでもない。
分らないでもない、が!
「済みませんけど、ここでイチャつくの止めてもらえます?」
「無視無視無視」とひたすら唱えていた俺も、さすがに二人の世界の空気に耐えられなくなって、懇願にも似た気持ちで言っていた。
人が真面目に仕事している側で、これ見よがしにイチャつかれたんじゃ堪らない。
生徒会の役員ではあるが、普段はあまり真面目に役目をこなしてはいないこの俺ですら、こうして文化祭に貢献すべく仕事をしているというのに。
その意欲を削ぎまくるのが生徒会長だなんて、全く笑えない。
「しょうがないだろ。校内で堂々と一緒にいられるのはここだけなんだから」
やっと俺の存在を思い出したように、こっちを見た会長が悪びれも無く言う。
開き直りやがって……。
「意地張ってないでバラせばいいだけの話じゃないですかっ」
無駄だと分っていても、言わずにはいられないこの一言。
何でこの二人の勝手な都合で、俺がこんな思いしなきゃいけないんだよっ。
いい加減うんざりする。
俺のうんざりの原因の一人は、生徒会長の綾部唯 。
顔良し、頭良し、ある意味性格も良しという、絵に描いたようなモテる男で、俺に言わせれば存在自体が厭味な人だ。
生徒会なんてとっとと引退してしまえばいいのに、と俺が心密かに毒づいているのを承知した上で、笑顔で「大橋は頼りになるなぁ」と微笑む人間。
もう一人は、会長と同じ三年生の宮津暁生 。
何をするにも目立つ会長とは違い、全てにおいて平均値をキープし続け、あまり目立つ事のなさそうな人。
しかし、無敵の会長が唯一勝てない人物であるのも確か。
かなり強かなのではないか、と俺は密かに睨んでいる。
この二人、実は恋人同士だ。
「実は」と言うには、ややこしい理由がある。
それは、付き合っている事を秘密にしているから。
校内では完全に他人。
むしろ天敵。
会っても挨拶もしないどころか、目も合せないし避けまくり。
そういう二人を見て、恋人同士だと思う人間はまずいないだろう。
どうしてそんなややこしい事をするのかと言うと、まだ二人が高1だった時、会長と宮津さんが付き合っているという噂が流れた。
会長曰く、それは全くのデマで、何の根拠もないただの噂だったそうだ。
しかし、その当時から会長は人気者で、対する宮津さんは顔と名前が一致するのはクラスメイトくらいという認知度の低さだった。
会長の所為で注目を浴びることになってしまった宮津さんは、本気で会長との接点を尽く切りまくり、その行動に腹を立てた会長がムキになって宮津さんを追かけていた。
そこから、噂は更に「綾部の片思いらしい」という進化をとげ、宮津さんもより一層会長を避けるようになった。
昔、俺がまだ中等部の三年だった時の、「綾部とは関わりたくない」と言って逃げ回る宮津さんを追かける会長の姿は、今も鮮明に脳裏に焼き付いている。
会長は頑なに「逃げるから追いたくなるんだ」と言い張っていたが、その姿はどう好意的に解釈しても、振られたのに女々しく追いすがっているようにしか見えなかった。
そして、いつの間にかその追いかけっこも見なくなり、二人の仲は表面上は「険悪」になったのだ。
二人の間にいつ恋愛感情が生まれたのかなんて、俺が知る由もない。
ただ分っている事は、会長と付き合っているという噂で散々注目を浴びてしまった宮津さんが、それ以上目立つのを心の底から嫌がっているという事だ。
そういうのを考慮して秘密にしているらしいが、俺に言わせれば無駄な努力というやつだ。
何しろ、二人の仲は一部の間では暗黙の了解なのだから。
三年生なんて、だいたいの人が二人が付き合ってない振りをしている事を知っているんじゃないだろうか。
知らないにしても、薄々感付いてはいるだろう。
もうみんな知っているんだからいい加減バラせよ、と誰が言っても、宮津さんは絶対に「イヤだ」と言い、会長もそれに同意している。
面白がっているんじゃないか、と俺は思う。
暗黙の了解と言っても、全校で見れば知らない奴の割合の方が高いから、そういう奴を騙すのを面白がっているとしか思えない。
「機嫌悪いな、大橋くん」
その一端が自分にあるとは、全く気付いてない様子で宮津さんが言う。
俺のことは放っておいてくれ。
「気にするな。こいつは昨日、彼女に振られたばっかりで気が立ってるだけだから」
ペキッとシャーペンの芯が折れてどこかへ飛んでいった。
何で会長がそんな事を知っているんだよっ。
「へぇ……振られたんだ。元気だせよ」
同情的な宮津さんの言葉がザックリと刺さる。
悪気がないから余計に傷付く。
「大きなお世話です!」
「本当に機嫌悪いなぁ」
幸せな人間にだけは同情されたくない。
こっちが惨めになるだけだ。
俺が立ち上がるのと同時に、今まで座っていた椅子がガタンと音をたてた。
と言うか、わざと音が立つように立ち上がったんだけどな。
「どっか行くのか?」
邪魔者な筈の俺を引き止めるような会長の口調。
どうせ魂胆は分っている。
事情を知らない人間がやってきた時に、宮津さんと二人きりだと言い訳に困るから。
そんな事のために俺を使うなって。
そもそも、会長の天敵と言われている宮津さんが生徒会室にいる時点で怪しいって気づけよ。
「ここにいたくないんです」
そう言ってやって、俺は真っ直ぐ出入り口のドアに向かう。
ガラッとドアを開けて、最後に一度振り返った。
「それと、ちゃんと鍵は掛けてくださいよ。うっかり最中にドア開けて、気まずくなるのはこっちなんですから」
そんな場面に遭遇したことなんて今まで一度も無いが、この程度の厭味くらい言わせて欲しい。
「ご忠告どーも」
厭味を厭味とも取ってくれない会長が、笑顔で手をヒラヒラと振りやがる。
隣の宮津さんは冷めた目で会長を睨んでいるから、本当にヤることはないだろうけど。
……でも会長だしなぁ。
もしそういう雰囲気になったとしても、気合入れて拒んでください、宮津さん。
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