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第50話 何番目? -1
物にしても人にしても、好き嫌いというものはあると思う。
全員が好きとか、全員が嫌いなんて無いって事くらい、オレにだって解かっている。
人は人で、自分は自分と割り切れば大して気にならないし、むしろ気にする必要もないと思う。
でも、自分がその矢面に立たされるとなると事情は別なんだよな。
オレは今、ある人に嫌われている。
と、思う。
文化祭で行うイベントの為に、体育館で大々的に行っている作業で使うペンキを、実行委員の本部まで取りにやってきた時の事。
取りに来たはいいけど、目当ての物が備品置き場に見当たらない。
もしかしたら、もう予備は無いのかもしれない。
誰かに訊こうにも、ほとんどの実行委員は体育館の作業に駆り出され、本部に残っている人はごくわずかしかいない。
仕方なく、どこかに付ける飾りを作成中の先輩に訊くことにした。
「あの、青いペンキって余ってませんか?」
オレが声を掛けると、本部の端で椅子に座って作業をしている二年生の吉岡 さんは強張った面持でこちらを見た。
「さぁ」
傍に立つオレを見上げる表情はやや面倒なものを見るようで、一言小さく呟くとすぐに視線を元に戻して作業を続けた。
オレなど、もうここにはいないような態度だ。
ペンキの有る場所を知らないならいいんだけど。
もうどっか行けば?って雰囲気を感じてしまうのは、オレの被害妄想だろうか。
いや、嫌われてる、とは思う。
何かした憶えはないんだけどな。
初対面の時から、何故か既に嫌われている感じだった。
自分でも知らないうちに何かしてしまったのだろうか。
だったらそう言ってくれればいいのに。
ああ、でも。
ただ単に「生理的に無理」とか「生き様が嫌い」とか言われたら立ち直れないかも。
吉岡さんは、そんなに賑やかな人じゃない。
あまり自分からは喋らないし、口数も少ない。
気付くと後ろの方にいたりして、すごく大人しい感じの人だ。
他の実行委員の話だと、テンションが一定と言うか、感情の波が緩やかなのだそうだ。
けど、オレには冷たい。
人見知りする、と誰かが言っていたけど、他の実行委員とはそれなりに打ち解けているのにな。
と言うか、オレに対しての態度は「人見知り」というレベルじゃな気がするんだよな。
穏やかだという人が、オレにだけ冷たいのは結構辛い。
少しばかり冷たくないですか、という吉岡さんに対する言葉は心に閉まって、再び青いペンキを探すことした。
「足りなくなったのか?」
吉岡さんに見放されたオレに助け舟を出してくれたのは、少し離れた所にいた成瀬 藤吾 だった。
藤吾は、オレと同じ一年生の実行委員。
やたらと上級生に絡まれているから、中等部からこの学校なのかと思いきや、そうではないらしい。
絡まれてると言っても、悪い意味じゃない。
むしろ可愛がられてる感じ。
「藤吾、藤吾」と頭撫でられて「いい加減にしろ!」とそれを振り払うのに忙しそうだ。
藤吾は吉岡さんとは逆で、誰とでも気軽に話せるタイプだな。
もちろんオレとも。
今、体育館では、文化祭当日に校庭に設置するステージのセットを造っている。
オレが取りに来たのは、そのセットで使うベニヤに塗るペンキだ。
藤吾もその事は承知しているので、話が早くて助かる。
「と言うか、もうすぐなくなりそうなんだ。こっちにまだ余ってないかなって」
本部を見回しながら言うと、藤吾が「ああ」と呟いた。
「ここに置いとくと邪魔だから、さっき隣りの教室に持ってったんだ。鍵はそこ」
机の上に無造作に置かれている鍵を指して藤吾が教えてくれた。
なるほど。
もっと早くそうしなかったのが不思議なくらい邪魔だったもんな。
でも、それが「さっき」だったなら、吉岡さんが知らないって有りえなくないか?
オレ達の会話など、全く気にする様子もない吉岡さんの横顔をちらりと見る。
そんなにオレが嫌いですか。
と、聞ける空気ではない。
何か気が滅入るよな、こういうのって。
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