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第52話 何番目? -3
突然現れたその三年生は、小走りに塚本の側に近寄ってきて実に朗らかに笑った。
見たことの無い人だから、実行委員ではなさそうだ。
塚本と同じように、誰かに頼まれて手伝いに来てくれた人なのかもしれない。
でも、問題なのはそんな事じゃなくて。
「誰?」って事。
つーか、何事?
「まさか、マサくんが実行委員?」
「の手伝い」
揶揄するように言った三年生の言葉に、塚本は簡潔な上やる気なく答えた。
普通に会話が成立しているという事は、二人にとってはそれが普通なんだよな。
でも、凄い違和感。
藤堂以外で初めて聞いた。
塚本が「マサくん」て呼ばれているの。
藤堂の場合は、最初からそうだったからもう全然論外で、今更何とも思わないんだけど、それがいきなり現れたオレの知らない人だと事情は別だ。
親しいような、そうでもないような、微妙な雰囲気。
オレだけが置いていかれているのは確かだ。
軽い疎外を感じたオレを察したのか、その三年生はオレに向かって微笑った。
「マサくんに手伝いなんて出来てるのか?」
グリグリと塚本の頭で遊びながら訊いてくる。
うわ。
仲良さそう。
「……まぁ、一応」
「一応とか言われてるぞ。ちゃんと手伝え?」
オレがややしどろもどろに答えると、三年生は「やっぱり」というように笑って、また塚本の方を向いた。
黙って言われている塚本が、いつもより少し幼く見える。
「本当に久しぶりだよな」
三年生がしみじみと言うと、塚本が顔を上げて彼を見た。
言われて、初めて塚本も気づいたようだった。
「同じ学校に通ってるのに『久しぶり』って変なカンジ」
「学年、違うから」
「それはもともと……まぁいいや」
三年生は言いかけて、諦めたようにこっちを見て苦笑した。
無言だったけど、「しょうがない奴だよな」って言っているように見えた。
オレもつられて苦笑いになる。
ふと、三年生が後ろを振り返った。
誰かに呼ばれたらしい。
「じゃ、またな」
ヒラヒラと手を振って足早に去って行ってしまった。
それは塚本だけじゃなくて、オレにも向けられていた。
「また」なんてあるのかなぁ、と思いつつ、オレは軽く会釈しておいた。
「今の人……」
三年生が去って、長いような短いような間を置いてからゆっくりと口を開いた。
何をどう聞いたらいいのか分からなくて、やや言葉に詰まる。
「浅野秀二《あさのしゅうじ》」
オレが詰まってしまった言葉の続きを察したように、塚本はフルネームで答えてくれた。
別に、名前を聞きたかった訳じゃないんだけどな。
「三年生?」
「そう」
会話が途切れるように感じるのは、オレの気のせいか、それともわざとそうしてるのか。
どこまで聞いてもいい人なのだろうか。
「……友達?」
そんな雰囲気では、無かった、ような…気がして、少しドキドキする。
じゃあ何?って考えるのはちょっと嫌だ。
「ただの先輩」くらいで留めておいて欲しいな。
というオレの儚い希望は、直後見事に散った。
「三番目に、付き合った人」
「さ……」
……んばんめ。
そんな、淡々と。
「一ヶ月…も、持たなかったな」
声が出なくなってしまったオレの横で、塚本が当時を思い出しているように付け足した。
そう言った塚本の瞳には、きっとオレは映ってない。
つーか、三番目ってなんだよ。
じゃあオレは何番目なんだよ、って訊いてしまいそうになって呑み込んだ。
多分、塚本は教えてくれる。
だけど、オレは聞きたくないと思ってしまった。
オレが知らない塚本を知るチャンスだとは、どうしても思えない。
どうしてか分からないけど、恐ろしくショックだったんだ。
瞳子さんで免疫はあると思っていたけど、別の抗体では効果がない。
どうでもいい事のように淡々とそう言える塚本とは違って、オレにとっては衝撃的な真実の発覚で、受け入れようと努力するだけで精一杯だ。
じわじわと湧き上がってくるこの嫌な感情と向き合いたくなくて、それっきり何も言えなくなってしまった。
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