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第53話 何番目? -4【成瀬】

 何だか知らないうちに文化祭の実行委員になっていた。  クラス中から「藤吾でいいんじゃねぇ?」くらいの軽さで推し上げられ、実行委員会でも「面倒だから藤吾が一年生の取り纏めな」と勝手に決められて、誰も俺の意見なんて聞いてくれない。  実行委員とかは嫌いじゃないから、別にいいんだけどさ。  知らない奴まで「藤吾、藤吾」って、喧しいんだよな。  そもそもの原因は、今年の三月にこの学校を卒業した俺の幼馴染み。  そいつは悪魔みたいな奴で、唯一の取り柄である、お綺麗な容姿を利用して、ほぼ全校生徒を洗脳し、私利私欲を謀っていた。  と言うのは、あくまでも俺の見解。  実際のところ、入れ違いで卒業してしまったそいつが、どんな高校生活を送っていたかなんて全く知らない。  それでも前述のような予想をしてしまうのは、俺がそいつの幼馴染みというだけで嫉妬されるし、名前は知れ渡っているし、妙に慣れ慣れしく奴の現状を聞かれるし、俺が奴の悪口を言おうものなら、売り飛ばされるんじゃないかってくらいの勢いで捕まえられるという、現在の異常な状況の所為だ。  まったくウザすぎる。  そんな訳で、俺はいつの間にか全校生徒から「気軽に話せる藤吾くん」にされていた。  現在も、この学校には校内のみんなが知っている有名人が多数存在する。  例えば三年生の綾部生徒会長。  顔も頭も良く、近隣の女子高生などからの人気が高い、オーソドックスに恰好良い人だ。  備考、性格はやや三枚目で庶民的。  同じく三年生の渡部さん。  今は文化祭実行委員の委員長で、過去にはミスコンで優勝した経歴の持ち主。  この人は、校内で、しかも水面下で人気が高い。  見た目の綺麗さに騙されて摘み食おうとしようものなら、ニヶ月は病院のベッドから立ち上がれなくなるとかならないとか。  容姿の可憐さに似合わず、素手で熊と戦える自信があると笑う非常識な人だ。  その自己申告に、誰も反論できないだけの実力があるらしい。  そういう訳で、彼の人気はあくまで水面下。  二年生なら、理不尽の王様・弓月(ゆづき)(とおる)。  「近寄らない方がいい。蹴られるから」、そんな奴。  弓月利繋がりで言うなら、一年生の藤堂彼織も結構有名かな。  彼が入学する直前、「彼織に触ったら、一回につき三回蹴るから」と弓月利が清々しい笑顔で言ったそうな。  まぁ、その件に関しては、噂に尾ひれが突きまくっただけだと思うけど。  そんな濃いのばかりじゃなくて、密やかな人気を博している人もいる。  それが、今、俺の目の前にいる二年生の吉岡さん。  決して派手ではないが、柔和でたおやかな魅力がある。  そういう人は、ムサイ男ばっかの校内で貴重な存在だ。   「吉岡さんって、瀬口が嫌いなの?」  瀬口が文化祭実行委員の本部として使っている教室を出て行ってから、俺は少し間を置いて吉岡さんに訊いた。  俺がわざわざそう訊きたくなるくらいの態度を、吉岡さんが取っていたから。  こっちを向いた吉岡さんは、気まずそうにすぐ俯いてしまった。  なるほど、本当に嫌いなんだな。  さっきの二人のやり取りを見て、前に一度だけ、瀬口が「嫌われてるかも」とぼやいていたのを思い出した。  その時は瀬口の思い過ごしだろうと思っていたけど、今の様子を見たら、瀬口がそう思うのも当然かもしれない。  吉岡さんが、って所は意外すぎるけど。 「あからさまなんだよね。吉岡さんて、そういう人には見えなかったんだけどな」  目に見える態度で人を嫌うような人じゃないと思っていた。  物静かで大人しい吉岡さんには似合わない。  もちろん、何かされたっていうなら話は別だけど、瀬口だってそういうタイプには見えないし。  むしろ、吉岡さんに嫌われているのがショックっぽかったよな。 「僕だって人間だから」  ポツリ、と聞こえるかどうかの音量で吉岡さんが言う。  もともと、あまり声の大きな人じゃなかったけど、今は更に小さい。  後ろめたいのかもしれない。 「そうでした」  とは言ってみたものの、「人間」にだって色々ある。  人見知りが激しい、とは聞いていたけど、俺みたいに馴れ馴れしく接すればそれなりに対応してくれるし、人を選んで態度を変えるような人じゃなさそうなのにな。 「嫌いなもんを無理に好きになれとは言わないけどさ、せめて理由くらい言ってあげたら?」  俺は、瀬口も吉岡さんも嫌いじゃないから、二人が訳も分らずにそんな調子なのは、何となくイヤなんだ。  お節介と言われればそれまでだし、何の関係もない俺が口出しするような事でもないのも分かっている。  だけど、一度見てしまったこういうシコリを見なかった事にする方が、俺にとっては難しいのだ。  吉岡さんがああいう態度を取るって事は、よっぽどの理由があるんだろう。  これは俺の一方的な見解だけど、瀬口だってこの吉岡さんにこれほど嫌われるような奴じゃない。  もし何か誤解があるなら、解いてやるのも間に入ってしまった俺の役割だろう。  俺って、やっぱりお節介だな。 「瀬口、気にしてたからさ。『オレ何かしちゃったのかなぁ』って」 「……してた?」  ちらりとこっちを見た吉岡さんが、とても申し訳無さそうに言った。  なんだ、気にしているのは吉岡さんもか。 「してた、してた」  今ので、本気で嫌っている訳じゃなさそうだと確信した。  それでもあんな態度を取るのは何故なんだろ。 「てか、吉岡さんて美人でしょ? 綺麗な人に嫌われるのって、結構キツイよ」 「そんなこと……」 「あるんだって」  今、吉岡さんが否定しようとしたのは、自分が「美人」と評されたことにだろう。  この人の場合、自覚が無いというより、信じてない、の方が正しい。  俺も、男に向かってそういう表現はどうかと思うけど、本人が嫌がっていてもしっくりきてしまうんだから仕方ない。  そういう謙虚さも、この人の魅力の一つなのかもしれないな。 「吉岡さんを好きな人って、結構多いよ。だから、吉岡さんがそういう態度を取っていると、伝染して瀬口の立場も悪くなりそうな気がする」  冗談半分に言ったら、吉岡さんは「え?」っと表情を曇らせた。  そういう現象は全く予想していなかったらしい。  自分の事を知らないっていうのも、かなり罪だよな、この場合。 「極論だけどね。そんなバカばっかじゃないとは思うけど」  小学生じゃあるまいし、とフォローしながら、そんな小学生並の思考しか持ってない奴がいるのも事実だと息を吐いた。  群集心理(と言うには大袈裟かもしれないが)の厄介さは、この俺も少なからずの被害を被っている。

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