「八つ当たり、なのかも」 　少し落ち込んだように息を吐いて、吉岡さんはそう呟いた。 「何が？」 「僕が一方的に八つ当たりしているだけなんだ。瀬口くんは何も悪くない」 　意外にも、あっさりと理由を教えてくれた。 　でも、その理由もまた意外。 「吉岡さんでもするんだ、八つ当たりとか」 　八つ当たりなんて、そういうのとは一番縁遠い人に見えるのに。 　かなり意外で、ちょっと嬉しい新発見だ。 「俺でよかったら聞くよ？　誰かに言うっていうのも、発散になっていいんじゃない？」 　と、親切ぶって言ってみた。 　本心は、吉岡さんが瀬口の何に八つ当っているのか、凄く興味があった。 　そんな俺の下心が見え見えだったのか、吉岡さんは黙り込んでしまった。 「別に、無理にとは……」 　お節介が過ぎたかな、と反省して訂正しかけた俺の言葉は遮られた。 「なっちゃん、なっちゃんってうるせぇんだよ…って、思って」 　今までの口調からは想像も付かないような言い回しをしたかと思ったら、すぐにいつものトーンに戻って苦笑した。 　びっくりした。 　いつもの、のんびりゆったりの吉岡さんからは予想もしない荒い口調だった。 　普通の男子高校生だと考えれば当たり前なのに、この人だと凄まじい違和感がある。 　吉岡さんのあんな言葉遣い、初めて聞いた気がする。 　それはそうと、問題はセリフの中身だ。 　吉岡さんの口調にビックリして聞き流してしまうところだったけど、本題はそっちだから。 「……なっちゃん？」 　どっかで聞いたことのある響きだ。 　自販機か？ 　イヤ、違うな。 　もっと別の所で耳にした記憶が…。 「瀬口くんの下の名前がそういう感じなんだと思う。だから、なっちゃんて呼ばれていて」 　吉岡さんの補足は、的確に俺の疑問を解決してくれた。 　なるほど。瀬口の愛称な。 　言われてみれば、そんな風に呼ばれているのを聞いた事があるような、無いような…。 　しかし、それはまた随分とカワイイ呼ばれ方で。 　瀬口の下の名前か。今度調べておこう。 　だけど。 「それが八つ当たり？」 「バカにしてるだろ」 　怪訝に思って訊くと、吉岡さんに軽く睨まれてしまった。 　吉岡さんにしては珍しい仕草だったから、少し得をした気分になる。 「てか、ちょっと意味が……」 　瀬口が「なっちゃん」で、何が悪いんだ？ 「なっちゃんは、カワイイんだって」 　俺が理解できないでいると、吉岡さんが独り言のように呟いた。 「僕とは違って、素直で、思っている事が隠せなくて、なんか放っておけないんだって。それが、瀬口くんに冷たくした理由」 「カワイイから嫌いなの？」 　ますます分らなくなった。 　だって瀬口は、吉岡さんが羨んだり妬んだりする程じゃないと思うんだ。 　と言い切ってしまうのは瀬口に失礼かもしれないけど、きっと瀬口も納得するだろう。 　「カワイイ」という表現は、俺も正解だと思うけどな。 「ちょっと違うかな」 　言葉を探すように、吉岡さんは少し考え込む。 「カワイイって言われているから、が正解」 　そう言った吉岡さんは確かに笑っているのに、何だか少しだけ悲しそうだった。 　俺が、「誰に？」と訊こうと思うより早く、吉岡さんの口が開いていた。 「今度謝るよ、瀬口くんに」 　聞き役の俺が釈然としないまま、吉岡さんの中では結論が出てしまったらしい。 　それならそれでいいと思って、俺は控え目に笑った。 「よく分らないけど、そうしてください」 　よく分らない、なんて言ったけど、なんとなく分ってしまった。 　瀬口を「カワイイ」って言った人は、きっと吉岡さんが好きな人だ。 　おそらくはこの学校の生徒で、という事はそれは男な訳で。 　否定する気はないけど、理解はできない。 　まぁ、俺に害を及ぼさなければ、お好きにどうぞって感じかな。 　それにしても、この吉岡さんの相手って、一体どんな人なんだろうな。 　予想をしてみようにも、相手が男っていう事態に頭痛がして早々に諦めた。