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第61話 何番目? -12
掌二つ分くらいの距離を置いて塚本が隣に座る。
他人行儀な空間がちょっとせつない。
そう思ってしまった瞬間、ギューッと抱きついていた。
塚本の胸に顔を埋めて、制服をギュッと握りしめる。
「瀬口?」
突然抱きついたから、さすがの塚本も少し驚いたみたいだったけど、何の迷いもなく腕が回されて、すごく安心した。
「どうした?」
優しい声も、オレの頭を撫でる手も、まるで子どもをあやしているみたいだ。
「たくさん、嫌なことを考えてしまった」
考えたくないことまで考えてしまって、結構落ち込んだ。
後で考えればどうでもいい事なんだろうけど、今のオレには全部が歪んでしまうくらいすっごく重要だったんだ。
塚本は、しがみ付くオレの顔を両手で包んで上を向かせた。
目が合って、オレは少しだけ視線を逸らしてしまった。
「どおりで、落ち込んだ顔してる」
オレが落ち込んでいた理由なんて知らないから、塚本は少し微笑いながら言った。
誰の所為だと思ってんだよ。
「やっぱり? さっき生徒会長にもそんな事言われた」
会長の場合は、ストレートに「酷い顔」だったけど。
そんなに酷い顔なら見られるのイヤなんだけど、塚本の手を退けるのもイヤだから、やっぱりオレは視線を逸らしていた。
「生徒会長?」
そう言う塚本の表情が少し翳った。
「綾部唯?」
もう一度訊き返してくるから、オレはとりあえず頷いておいた。
それにしても、塚本がフルネームで覚えているなんて珍しい。
それだけ有名な人ということか。
「そう。さっきまでいたんだ、ここに」
と言った途端、塚本の顔が更に近くなる。
「何かされた?」
「される訳ないだろっ」
どうして、こいつはそういう方向にばっかり考えるんだよっ。
あの生徒会長が、どんなに餓えようがオレに何かしてくる筈ないだろ。
口に出す前に考えろよな。
「でも、目が赤い」
目じりを指の腹で撫でられて、カッと熱くなってしまった。
わざわざ泣いていたのを指摘すんなよ。
「これはっ……お前の所為だ!」
「俺?」
本当の事だけど八つ当たりのように言ったら、不思議そうに覗き込まれた。
そーだよな。
塚本の知らない所で落ち込んで泣いちゃっていたんだから、いきなりこんな事言われても解からないよな。
オレのこの気持ちは、どう表現したらいいんだろう。
塚本は三番目に付き合っていた人とまだ仲がよくて。
何番目かは知らないけど、瞳子さんとも仲良さそうで。
吉岡さんがオレに冷たくしたのは、塚本が好きだからかもしれなくて。
それも、前に塚本と付き合っていたとも考えられて。
今はオレと付き合ってくれているけど、そのうちオレも何番目かになるんじゃないかって不安になって。
やっぱり、上手く言えそうもない。
話が長くなる。
「オレは塚本が好きなの」
「うん」
「だから辛いんだよ、色々と」
塚本を好きじゃなかったら、こんな気分を味わう事もなかったんだからな。
突き詰めればそれだよ。
我ながら簡潔に上手く纏まった気がしたというのに、塚本はやっぱり不思議そうにオレを見る。
今の説明で「上手く纏まった」と思えるのはオレだけか。
「どうして?」
「どうしてって……」
そこまでは説明できない。
ただ、辛いなぁ、って苦しくなるだけ。
理由は色々あるけど、元を辿れば「塚本が好きだから」ってトコに落ち着いて、他に説明のしようがない。
「俺も、瀬口が好きだよ」
真剣に言われて、まるで初めて告白されたように緊張してしまった。
塚本が持っている切り札はそれだよな。
出されたら、オレはもう降伏するしかない。
「何か、不安にさせた?」
触れるだけのキスをされて、オレは目を伏せて控え目に頷いた。
「……ん」
すっごく不安だったよ。
何がなんて分からないくらい、どうでもいいような小さな不安か疑心とかが積もって、とにかくグラグラしていた。
「俺が、泣かせたの?」
今度は、首を縦に振ろうか、それとも横に振ろうか迷った。
あんなに不安定だったのに、塚本を前にしたらどうでもいい事に思えてきたから。
たかがキス一つでこれって、オレは本当に単純だよな。
塚本に支えてもらって、気持ちはかなり安定した。
だからこそ、今しかないと思った。
「塚本」
「ん?」
「オレって、塚本の何人目?」
思っていたより穏やかな気分で訊けた。
それでも、塚本の制服を掴んだ手に力が入ってしまうのはしょうがない。
なのに、塚本にこれといった特別な変化はなく、いつものようにオレの髪を梳いた。
「一人目」
しかも、答えがコレだし。
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