65 / 226

第61話 何番目? -12

 掌二つ分くらいの距離を置いて塚本が隣に座る。  他人行儀な空間がちょっとせつない。  そう思ってしまった瞬間、ギューッと抱きついていた。  塚本の胸に顔を埋めて、制服をギュッと握りしめる。 「瀬口?」  突然抱きついたから、さすがの塚本も少し驚いたみたいだったけど、何の迷いもなく腕が回されて、すごく安心した。 「どうした?」  優しい声も、オレの頭を撫でる手も、まるで子どもをあやしているみたいだ。 「たくさん、嫌なことを考えてしまった」  考えたくないことまで考えてしまって、結構落ち込んだ。  後で考えればどうでもいい事なんだろうけど、今のオレには全部が歪んでしまうくらいすっごく重要だったんだ。  塚本は、しがみ付くオレの顔を両手で包んで上を向かせた。  目が合って、オレは少しだけ視線を逸らしてしまった。 「どおりで、落ち込んだ顔してる」  オレが落ち込んでいた理由なんて知らないから、塚本は少し微笑いながら言った。  誰の所為だと思ってんだよ。 「やっぱり? さっき生徒会長にもそんな事言われた」  会長の場合は、ストレートに「酷い顔」だったけど。  そんなに酷い顔なら見られるのイヤなんだけど、塚本の手を退けるのもイヤだから、やっぱりオレは視線を逸らしていた。 「生徒会長?」  そう言う塚本の表情が少し翳った。 「綾部唯?」  もう一度訊き返してくるから、オレはとりあえず頷いておいた。  それにしても、塚本がフルネームで覚えているなんて珍しい。  それだけ有名な人ということか。 「そう。さっきまでいたんだ、ここに」  と言った途端、塚本の顔が更に近くなる。 「何かされた?」 「される訳ないだろっ」  どうして、こいつはそういう方向にばっかり考えるんだよっ。  あの生徒会長が、どんなに餓えようがオレに何かしてくる筈ないだろ。  口に出す前に考えろよな。 「でも、目が赤い」  目じりを指の腹で撫でられて、カッと熱くなってしまった。  わざわざ泣いていたのを指摘すんなよ。 「これはっ……お前の所為だ!」 「俺?」  本当の事だけど八つ当たりのように言ったら、不思議そうに覗き込まれた。  そーだよな。  塚本の知らない所で落ち込んで泣いちゃっていたんだから、いきなりこんな事言われても解からないよな。  オレのこの気持ちは、どう表現したらいいんだろう。  塚本は三番目に付き合っていた人とまだ仲がよくて。  何番目かは知らないけど、瞳子さんとも仲良さそうで。  吉岡さんがオレに冷たくしたのは、塚本が好きだからかもしれなくて。  それも、前に塚本と付き合っていたとも考えられて。  今はオレと付き合ってくれているけど、そのうちオレも何番目かになるんじゃないかって不安になって。  やっぱり、上手く言えそうもない。  話が長くなる。 「オレは塚本が好きなの」 「うん」 「だから辛いんだよ、色々と」  塚本を好きじゃなかったら、こんな気分を味わう事もなかったんだからな。  突き詰めればそれだよ。  我ながら簡潔に上手く纏まった気がしたというのに、塚本はやっぱり不思議そうにオレを見る。  今の説明で「上手く纏まった」と思えるのはオレだけか。 「どうして?」 「どうしてって……」  そこまでは説明できない。  ただ、辛いなぁ、って苦しくなるだけ。  理由は色々あるけど、元を辿れば「塚本が好きだから」ってトコに落ち着いて、他に説明のしようがない。 「俺も、瀬口が好きだよ」  真剣に言われて、まるで初めて告白されたように緊張してしまった。  塚本が持っている切り札はそれだよな。  出されたら、オレはもう降伏するしかない。 「何か、不安にさせた?」  触れるだけのキスをされて、オレは目を伏せて控え目に頷いた。 「……ん」  すっごく不安だったよ。  何がなんて分からないくらい、どうでもいいような小さな不安か疑心とかが積もって、とにかくグラグラしていた。 「俺が、泣かせたの?」  今度は、首を縦に振ろうか、それとも横に振ろうか迷った。  あんなに不安定だったのに、塚本を前にしたらどうでもいい事に思えてきたから。  たかがキス一つでこれって、オレは本当に単純だよな。  塚本に支えてもらって、気持ちはかなり安定した。  だからこそ、今しかないと思った。 「塚本」 「ん?」 「オレって、塚本の何人目?」  思っていたより穏やかな気分で訊けた。  それでも、塚本の制服を掴んだ手に力が入ってしまうのはしょうがない。  なのに、塚本にこれといった特別な変化はなく、いつものようにオレの髪を梳いた。 「一人目」  しかも、答えがコレだし。

ともだちにシェアしよう!