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第63話 巻き込まれるには情報不足 -1

「ミスコンの司会は、渡部先輩がするんですか?」 「そう」  それはミスコンのステージを設営準備中、ふとしたことから知った事実だった。  しかも、渡部先輩が司会をするのは実行委員長だからという理由ではないらしい。  忙しい合間に、宮津さんが丁寧に教えてくれた。 「司会は、前年と前々年の優勝者がするんだ」  言われてみれば、1年生の時にミスコンに出場させられた生徒は、翌年以降からほぼ全員が実行委員になっているというのだから、実行委員の中に優勝者がいるのは不思議ではないし、むしろ自然だ。  優勝したくらいだから、きっと華もあるだろうし。  司会を歴代の優勝者がするというのは、何となく理にかなっているような気がする。  気がする、だけだけど。 「それじゃ、渡部先輩ともう一人は……」 「去年の優勝者って事になるな」  と、言われても、実を言うと去年の優勝者を知らない。  実行委員の中にいるんだろうけど、渡部先輩のようにそういう話を聞いたことがない。  もしかしたら、数少ない実行委員にならなかった優勝者なのだろうか? 「生徒会のね、大橋ってコ」  いつの間にか横にいた渡部先輩が、相変らずの朗らかな調子でそう付け足してくれた。  だけど、名前を聞いても誰のことやら。  生徒会の人ということは、実行委員には違いないけどいつもは別の仕事をしているって事かな。  あれ?  でも、実行委員は基本的にミスコンには出場できないんじゃなかったっけ?  だから、1年生の時に無理矢理に出場させられた人は、翌年以降から実行委員に立候補するって聞いたんだけど。  それとも、1年生の時は生徒会に入ってなかったのかな。  それこそ珍しい。  ウチの学校の生徒会は、全員が中等部からの持ち上がりだと聞く。  中等部で生徒会の役員になっていたら、高校に上がっても必ず生徒会の役員になるという事らしい。  役職も然り。  つまり現在の綾部会長は、中等部でも生徒会長だったということだ。  そういう伝統が良いのか悪いのか分からないけど、今まで続いているってことはみんな納得しているのだろう。  一応、選挙のような事はするようだし、持ちあがりの生徒会に不満があれば、他の生徒が立候補する事はできる。  ミスコンに出場したというその大橋という人も、そういう経緯があるのかもしれない。  ちょっと見てみたいなぁ、と思っていると、渡部先輩が「ほら」と教えてくれた。  先輩が指した方を見てみると、忙しそうに入り乱れる生徒に混じって、やけに目を引く人がこちらに向かって歩いてくる所だった。  生徒は他にもたくさんいるのに、すぐにその人だと分かった。  何と言うか、とても派手な印象の人だ。  着ているのは制服だし、髪だって特別に染めているようでもない。  背格好とか、顔の造作の所為だろうな。  見目麗しいを絵に描いたような人だ。 「おっせぇよ、大橋」  少し離れた所にいた横井先輩が大声で呼ぶと、大橋さんは煩わしそうに目を細めて残りの距離を小走りでやって来た。  呼んだ横井先輩の元ではなく、渡部先輩の所だ。 「俺だって色々と忙しいんですよ」  不満気に横井先輩へ向かって言うと、渡部先輩の方に向き直した。 「この時期忙しいのは大橋だけじゃないんだよ」  何故か、突然不機嫌の宮津さんが刺々しくそう言った。  もしかしたら、宮津さんは生徒会の人が嫌いなんだろうか?  この前も、綾部会長が現われたらどっか行っちゃったし。  だけど随分とざっくりした嫌い方だよな。  やっぱりオレの気のせいか。 「はいはい。これ、ミスコンの進行表」  言われた方の大橋さんは、特に気にするでもなく軽く流して、持っていたプリントを渡部先輩に渡した。 「やっとできたんだ。仕事おっそいねー」  進行表を受け取った渡部先輩が、内容に目を通しながら言った。  聞いているこっちがドキッとするような毒舌だ。 「だったら自分でやってくださいよ」 「ヤだよ。オレ、大橋くんと違って忙しいんだから」  悪気があるのか無いのか分からない渡部先輩のセリフと笑顔には、さすがの大橋さんも少し気分を害したようだ。 「渡部さんと比べたら、確実に俺の方が多忙です」  やれやれと言うように息を吐く大橋さんは、面倒そうに顔を逸らした。  ミスコンの優勝者だと言うから、勝手に渡部先輩や藤堂みたいな感じの人を想像していたけど、全く違っていてビックリした。  確かに美形ではあるけど、女の子に間違われる事はなさそうな人だ。  細身だけど華奢ではないし、背は見上げるほど高い。  カワイイなんて表現は、とてもじゃないが恐れ多くて当て嵌められない。 「俺の顔、何か付いてる?」  あまりにもジッと凝視していたせいか、大橋さんに怪訝な顔をされてしまった。 「……いえ」  女装したらどうなるのか考えていました、なんて言えないから、思わず顔を逸らしてしまう。  しかも、「あんまり似合わなさそうだな」とか思ってしまったし。 「ダメだよ、瀬口くん」  諭すようにそう言うのは渡部先輩だ。  一体何が「ダメ」だと言うのか分からないけど、名指しで言われたら聞き流せない。 「大橋くん、顔はイイけど性格最悪だから」  にこやかにそう言った渡部先輩は、事もあろうに大橋さんに「ね?」と同意を求めた。  先輩にどういう誤解をされたのか何となく分かったけど、流れる空気が恐ろしく悪くなったのは気の所為ではないと思う。  見惚れていた訳じゃないです、と弁解する気も失せる嫌な空気。 「この世の中で、渡部さんにだけは言われたくないセリフっすよ」  大橋さんは、あからさまに気分を害した表情を見せて、刺々しく応戦した。  それでも渡部先輩は笑顔を崩さない。  顔はいいけど性格悪いって、お互いに言い合っているこの状況はちょっと凄いよな。  しかも片方は笑顔だし。  それが余計に怖い。

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