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第64話 巻き込まれるには情報不足 -2

「向こうで大橋くんと打ち合わせしてくるから、ここ任せてもいい?」  ピリッとした空気をなぎ払って、渡部先輩が宮津さんにそう言い大橋先輩の肩を軽く叩いた。  さすが渡部先輩。  自分で振っておきながら話題を投げたよ。  2人の後姿を見送っていると、はぁ…と小さな溜め息が聞こえた。  宮津さんだ。 「ちょっと意外でした」  疲れているのかな、と思いつつ口を開いた。  勿論、大橋さんのことだ。 「大橋?」 「はい。渡部先輩とか藤堂とか、そういう人を想像してたんで」  正直に言うと、宮津さんは「ああ」と納得したように笑った。 「渡部は見た目だけは可愛い系だからなぁ。でも、大橋もああ見えてなかなか美人になってたんだぞ」  オレの言い方が悪かったのか、宮津さんは付け足すようにして教えてくれた。 「渡部が可憐な美少女系なら、大橋は刺々しくて高慢な女王様って感じかな」  言いたい事は分かるけど、どんなフォローですか、それは。 「でも、だから大橋のことをじっと見てたのか。見惚れていた訳じゃなかったんだな」 「ないです」  少しムキになって否定した。  さっき言えなかった分、ちょっと力が入りすぎた。  それが可笑しかったのか、宮津さんは肩を揺らして笑っている。  そんなに笑う程じゃなかったと思うんですけど? 「瀬口って、身長いくつ?」  しかも何の脈絡のない質問をされた。  宮津さんの頭の中でどんな行程を経たのか知らないけど、あまりにも唐突すぎるだろ。  内容が内容だったから、ちょっと反抗的に気分になってしまった。 「何ですか。まだまだ伸びますよ」 「見込みを聞いてんじゃないよ。今いくつ?」  自分的にあまり好ましくない話題だったから誤魔化そうとしたのに、宮津さんは食い下がってくる。  そんな事を聞いてどうするっていうんですか。 「……百六十…」  だからと言って強情に隠す事でもないから渋々口を開いたものの、やはりスラスラとは言い難い。  せめてもの抵抗が作った間が、宮津さんにはそうは取られなかったようだ。 「サバはいいから」 「2です! 162!」  思わず叫んでしまった。  伸びているのは事実だけど、胸を張って言える高さじゃないよな。  おまけに、いつも隣にいるのが塚本だもんなぁ。  何食ったらあんなに伸びるんだよ。  と、オレが塚本との身長差について考えている間にも、宮津さんの頭の中では色々な思考が進んでいたらしく、更に唐突な発言が飛び出してきた。 「瀬口って、抱き心地良さそう」  身長の次はそれですか。  本当に、この人の思考回路はどうなっているんだ。  と言うか、こんなに不思議な人だったのか。  何か変だと思ってはいたけど、ここまでとは……。 「良くないですよ……」  と、わざわざ否定するのもバカバカしい。  これはもう、脱力するしかない。 「何で自分で分かるんだよ」 「自分だから分かるんです」  オレの即答に不満気な宮津さんの視線が痛い。  どんな答えを期待していたと言うんですか。 「ちょっと試していい?」 「はぁ!?」  承諾するより早く腕が伸びてきて、反射的に逃げた。 「何で逃げるんだよ」 「そっちこそ、何するんですか」 「試すだけだって」 「何を」 「だから、抱き心地」  平然と清々しく言い放つ宮津さんには、下心とか全く無くてきっと本心からそう思っているのだろう。  まぁ、このオレに下心を持つなんてありえないんだけどな。 「そういう事は好きな人にしてください」 「何だよ。瀬口の事好きだぞ」 「意味が違います!」 「好きの意味なんて、根本は同じだと思うけどな」  しみじみとそう言ったかと思うと、素早くオレの背後に回り込んだ宮津さんに捕まってしまった。 「根っこじゃなくて、葉っぱの方で考えてもらいたいんですけど」  さっきの比じゃないくらい力が抜けて、宮津さんの腕から逃げる気すら起きない。  根本的な話をされたら「そうですね」としか言いようが無くなる。 「葉っぱって……。瀬口は面白いこと言うなぁ」  感心したように言う宮津さんに、そっくりそのままお返ししたい。 「オイ」  怒りを含んだ低い声を掛けられたのは、丁度その時だった。  オレたちの背後に立っていた綾部会長が、恐ろしく不機嫌な表情で睨んでいる。  いつもいつも、顔の造りとは逆で粗雑な言動が目立つ会長が、今まで見た事もない真面目で険しい表情を見せている。  しかも、空気の張り詰め具合が半端じゃない。  何なんだ、この異様な空気は。 「遊んでないで、さっさと仕事しろよ」  苛立ったような一言と冷たい視線を落として、会長は踵を返した。  わざわざそれを言う為だけに来たのか? 「そっちこそ、用も無いのに来るの止めてくれる?」  驚いたのは、会長に対抗するように宮津さんがそう言い放った事。  確かに、ここには会長のする仕事はない。  手伝いに来てくれたにしても、仕事量を考えても会長の方が忙しいと思う。  多分、会長の言葉を借りるなら「休養」ってやつなんだろう。 「みんなの気が散るんだよな、人気者の生徒会長サマがいらっしゃると」  休みにきた人に「仕事しろ」と言われたくない気持ちは分かるけど、この完全無欠の会長を目の前にしてそんな事が言えるなんて、やっぱり宮津さんは凄い。  会長と宮津さんて、とてつもなく仲が悪かったりするのか?  そう言えば、この2人が喋っている所って見たこと無かったかも。  会長が顔を見せると、宮津さんはすぐにどこかにいなくなってしまうから。  宮津さんは、さっきの大橋さんの時とは比べ物にならないくらいの、刺々しいオーラを放っている。  そのオーラを振り切るように、大層気分を害した様子の会長は無言で去って行ってしまった。  しばらくはその後姿を見送っていたようだった宮津さんも、我に返ったようにオレを解放してくれた。 「悪かったな、瀬口。嫌な思いさせちゃって」  宮津さんの所為じゃないのに、なぜか謝られてしまった。  オレはここにいただけで、特に何もしていないし、されてもいない。 「久々に口きいたトコを見たと思ったら、アレかよ」  うんざりしたように息を吐いてそう言ったのは、横井先輩だ。  どういう経緯かは知らないけど、やはり会長と宮津さんは不仲なようだ。  2人とも態度があからさまだから、オレでも分かる。 「ささやかな報復」 「はぁ?」 「つーか、話し掛けてくんじゃねぇよってカンジ?」  おどけたように言った宮津さんを、横井先輩は見透かしたように笑う。 「人気者の生徒会長サマがいらっしゃって気が散るのって、自分のことだろ」  言われた宮津さんは一瞬言葉を詰らせた。  どういう意味だろ? 「なんだよ、それ」  力なく苦笑した宮津さんは、そう言って話題から逃げるように顔を逸らした。  嫌いすぎて気が散るって事かな。  良く分からないけど、やっぱり宮津さんは不思議な人だ。

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