70 / 226

第65話 巻き込まれるには情報不足 -3

「なっちゃーん、今帰り?」 「うわっ!」  体育館からグラウンドへ移動しようと、ただ歩いていただけなのに厄介なものに捕まってしまった。  突然後ろから抱きつかれるのは、いつまで経っても慣れない。  というか、慣れてたまるかっ! 「放せーっ」  いちいち確かめなくても誰なのかくらい分る。  この声は仲井だ。  今日は一人らしく、襲撃はそれで終わりだった。 「三角関係に巻き込まれたんだって?」  嫌がるオレから手を放しながら、不可解なことを言ってくる。 「は? 三角関係?」  確かに浅野さんとか吉岡さんとかの事でグルグルしてはいたけど、三角関係って何だ?  はっ!  まさか、誰かが塚本に……。 「ジワジワと広がってるよん。綾部会長と瀬口が宮津先輩を取り合ってるって」  実に楽しそうに言ったその言葉が、オレには日本語に聞き取れなかった。  オレと会長が、宮津さんを取り合っている?  塚本が、じゃなくて?  オレと、会長が、宮津さん!? 「なっ!? ……って、そんなの絶対にある訳ないって!」  身に憶えが無さすぎる。  なんでオレが?  しかも、空気が凍りつく程不仲の会長と宮津さんだぞ。  どこをどう捏ね繰り回したら、この三人でそういう噂が成立するんだよ。  大体、何故オレが宮津さんを…!? 「分ってるよ。ただ、会長が絡むとどうしても話が派手になるからねー」 「だからって……」  釈然としない。  いくら宮津さんに抱き心地を確かめられたとはいえ、会長を巻き込んでの三角関係になるなんて突拍子もなさすぎる。  そりゃあ、会長が注意しに来たけど、それだけだぞ。  会長も宮津さんも恐ろしくピリピリしていて、こっちがドキドキするくらいだったのに、そんな噂を流す奴の目は節穴に違いない。 「なかなか面白い組み合わせだとは思ったけど」 「どこがっ!!」  面白がるなよっ。 「こーいう時は、ムキになって否定して回ると余計に真実味が増しちゃうから、笑って誤魔化しとくのが一番だって」  うぅ……。  どーせオレはすぐにムキになるよ。  でも、そんな根も葉もない噂、寛大に受け止められるかっ! 「助長する可能性もあるけど、それはそれ。どーせ本当じゃないって本人が知ってればいいんじゃない?」  仲井が大人みたいなこと言っている。  何か悔しい。  しかも、オレにはそれが実践できる自信ないし。  フン、とそっぽを向いたオレの考えを見透かすように、仲井が小さく笑う。 「それに、宮津先輩って、なっちゃんの好みじゃないもんなー」  何だ? それ。  つーか、宮津さんをそんな風に見たことないから、オレだってそんなの知らないよ。 「なっちゃん達、ラブラブじゃないですかー」  厭らしい笑いを浮かべて仲井がそう言うのを、とても冷めた気分で見た。  それって、言うまでもなくオレと塚本のことなんだろうな。  こいつらはいっつもそう言うから。  けど、塚本には似合わないよな。  たまーにそんなカンジにはなるけど、塚本の動きにそれって当て嵌まるか?  二人きりの時はともかく、少なくともこいつらがいる時は違うと思うぞ。  そもそも、塚本ってそういう奴じゃないだろ。  「ラブラブ」って言葉の響きからは、物凄く遠い所にいる気がする。  オレをからかっている時は、たまにムカツクくらい楽しそうな感じではあるけど。 「おや。暗い?」 「……別に」 「暗っ」  大きなお世話だ。 「ラブラブって言うけど、その基準て何?」 「基準ー?」  仲井が怪訝な顔で訊き返す。  事あるごとにそんなこと言われるけど、オレたちの何を見てそういう事を言うんだよ。  自慢じゃないけど、言われる程そうでもないと思うんだけどな。      「知久」  話の途中、その呼び声はよく聞こえた。  けど、オレの名前じゃなかったから聞き流したのに、何故か仲井が反応した。  それは仲井の名前なのかも。  今まで困った事もなかったから、気にもしなかった。  声のした方を見た仲井の表情が、一瞬にして変わった。  何て言うか…見なくてもいいものを見てしまったような、面倒そうな表情だ。  一体何を見たのかと思って、つられてそっちを見たオレの視線の先に立っていたのは、吉岡さんだった。  オレたちから数歩離れた所に立つ吉岡さんは、真っ直ぐに仲井を見ている。  この組み合わせ、かなり意外。  きっと二人は同じクラスで、準備をサボっていやがる仲井を実行委員の吉岡さんが呼びに来たんだろう。  勝手な予想だけど、他に、あの吉岡さんがこの仲井をわざわざ呼び止める理由が思いつかない。  それとも、仲井が吉岡さんに何か迷惑をかけたとか。  何にしても、吉岡さんみたいな人が、仲井のような奴と気軽に話そうなんて危険すぎます。

ともだちにシェアしよう!