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第67話 巻き込まれるには情報不足 -5
少し躊躇うような足取りで、吉岡さんがこっちへ戻ってくる。
オレは何だか落ち着かなくて、視線を泳がせながらただ立ち尽くしているだけだった。
「話の途中でごめんね」
オレの前で立ち止まった吉岡さんが、申し訳無さそうに言う。
「いえ、それは全然……」
別に仲井とは、好き好んで話をしていた訳じゃないから全く構わない。
でも、そんな事よりも、気になって仕方無いことが一つ。
何て言って訊こうかと迷っている間に、吉岡さんが先に口を開いた。
「瀬口くんといる時は楽しそうだよね、知久は」
まるで、吉岡さんといる時はそうでもないような言い方。
さっきオレが見た会話が、二人には普通なのか?
「あの……?」
「そういうの目の当たりにすると、どうしてもダメだ。瀬口くんに嫉妬しちゃう」
はぁ……と溜め息を吐きながら、吉岡さんは俯いてしまった。
信じられないけど、前に吉岡さんが言っていた、オレに嫉妬する原因の「誰か」は仲井で間違っていないようだ。
「えっと……まさか、付き合ってる、なんて事……ないですよね」
恐る恐る訊く。
控え目にだけど、吉岡さんが首を横に振ったので何となく安心した。
そーだよな、と自分の思い過ごしだった事に乾いた笑いが漏れた直後、吉岡さんの口から衝撃の一言が。
「振られてばっかりで」
「えっ!?」
耳に入ってきた言葉を疑った。
今まで使ってきた、自分の日本語の知識がひっくり返る。
それだけではあきたらず、吉岡さんは更にとんでもないことを言ってくる。
「きっと、僕に纏わりつかれるのが嫌なんだと思う」
言っている事が理解できない。
一体、誰の何の話をしているんだっけ?
「全然相手にされてないんだ」
吉岡さんが諦めたように寂しそうに笑うから、ますます解からなくなる。
まさか……。
「吉岡さん、が?」
相手にされてないって、仲井に?
そんなの、想像もできないんですけど。
と言うか許されない、あの仲井の分際で。
「変かな?」
困惑するオレに向けられた、吉岡さんの自嘲っぽい表情が目に焼き付けられる。
「変て言うか、腑に落ちないと言うか……」
逆なら大いにありえるんだけど。
「男同士だもんね」
オレが引っ掛かっているのはそこじゃないです。
だって吉岡さん、こんなに美人さんなのに、なんでわざわざあの仲井なんですか?
そりゃ、まぁ……先入観無しで客観的に見れば仲井もそれほど悪くないだろうけど、でもなぁ。
オレの場合は、第一印象が悪すぎたから、どうしても良い方に考えられない。
吉岡さん、弱みを握られているカンジでもないけど。
騙されているんじゃ……。
「いいなぁ、瀬口くんは」
「は?」
向けられた羨望の眼差しが痛い。
オレには、吉岡さんにそんな目で見られる憶えありませんって。
「知久にいっぱい『カワイイ』って言ってもらえて」
「それはどうかと……」
そんなの、言われても全然嬉しくないんですけど。
しかも面白半分だし。
本気で言っているかどうかは怪しい。
と言うか、ただ単にからかっているだけだろ、あれは。
「いいなぁ……」
心底羨ましそうに吉岡さんが言うから、反論も否定もできなくなってしまった。
ごめんなさい、吉岡さん。
オレにはあれのどこがそんなにいいのか、さっぱり分りません。
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